「グレイ、悪いが団長室まで来てくれるか?」

「はい」

詰所に戻るなり神妙な面持ちのラルフに声を掛けられると、グレイはようやく納得のいく説明をしてもらえるとほっと胸を撫で下ろした。

……だからこそ、余計にラルフの発言に困惑したのである。

「女性に何を贈ったら喜ばれると思う?」

「……は?」

「あ、いや……その……。女性に贈り物をしたいのだ」

「それは、一体どういう目的でしょうか……?」

「喜ぶ顔が見たいという理由以外に目的があるのか?」

ラルフは当たり前だろうと言わんばかりに微笑んだかと思うと、今度は照れたようにモジモジと指を弄んだ

(いや、いや、ありえない……!!)

ラルフとグレイは長年の付き合いだけあってお互いのことをよく知っている。知っているからこそ余計に冷や汗が止まらなくなった。

類稀なる剣技の腕と並外れた洞察力、大海原のような度量の広さと騎士として誇り高き精神を併せ持ち、騎士団にこの人ありと謳われた男が、まるで初めて恋に落ちた男児のように頬を赤く染めている。

傾国の美女と呼ばれた侯爵夫人にも純真無垢なうら若き伯爵令嬢にも全く食指を動かさなかったあのラルフが、相好を崩して女性への贈り物を探すなど天地がひっくり返ってもありえなかったはずである。

(まさか、噂は本当なのか……?)

他人の醜聞を酒の肴にするような貴族達が面白半分に広げた噂など信用に値しないと断じていたグレイは思わず眉間を押さえた。いっそのこと恥も外聞もかなぐり捨てて、この場から逃げ出してしまいたかった。

てっきり思惑があるものだと思っていたが……まさか、いや、まさか本当にただの噂通りだとしたら、こんなに恐ろしいことはないと愕然とする。

レジランカ騎士団団長がどこの誰とも知らぬ令嬢に骨抜きにされているなど信じられるものか。

「それでしたら……私に聞くより適任がおりますでしょう。午後になればあやつらも演習地から戻ってまいります」

「おおっ!!そうだったな!!」

ラルフは顔をパッと綻ばせると、うんうんと嬉しそうに何度も頷いた。

(私ひとりでは到底受け止めきれない……すまぬ)

グレイはまもなくレジランカに戻ってくる戦友達に対し、心の中で何度も詫びたのであった。