「レジランカ騎士団の団長を務める容姿端麗な第4王子がまさかモテないなどど戯言をおっしゃるなんて……。恋人がいらっしゃらないというのもご冗談でしょう?」

マリナラから疑いの眼差しを向けられたラルフは苦笑いで訂正するしかなかった。

「皆、口を揃えて同じことを言うのだな。私は王子といっても妾の子だし、私と恋人になったところで何ら良いことはありはしないぞ」

ラルフの言っていることは謙遜でもなければ嘘でもなかった。実際に利点よりも不利な点の方が数多くあった。

「私がなぜレジランカ騎士団の団長でいられるか分かるだろうか?」

ラルフよりも数段賢いはずのマリナラが答えに窮していた。

本当に分からないか、分かっているが答えたくないだけか。口を噤むマリナラの優しさがラルフには少し嬉しかった。

ラルフはシャツのボタンを外し左胸から肩までを大きくはだけさせると、マリナラに再度問いかけた。

「これが何か貴方にも分かるだろうか?」

マリナラは驚きのあまり大きく目を見開き、絶句した。それは決して男の肌を見た恥じらいや焦りのせいではない。

ラルフの身体には……大小様々な傷跡があったのだ。

未だに大きく変色したものもあれば、時間が経ちうっすらとしか視認できないものまである。そのどれもが王族に似つかわしくなく、妙な生々しさを醸し出していた。

「ご存知の通り、私はさる御方から蛇蝎のごとく嫌われている。本気で命までは狙われないものの、幼い頃から運が良ければ死ぬ程度の怪我は負ってきた。成長と共に避けられるようになったが、今でもこうして跡が残っているくらいだ」

ラルフはシャツを元通りに着直しながら淡々と告げた。

王妃が直接手を下したとは考えにくい。王妃が本気なら周りくどい方法など使わず即刻息の根を止めにやってくる。

おそらく王妃の取り巻きが彼女の機嫌を取るために、戯れに子飼いの刺客を送り込んできたのだろう。

取り巻き達には遊び程度のことでもラルフにとっては毎日が死の恐怖だった。そして、生への執着がラルフをここまで強くしていった。

「離宮にいるより戦場の方が圧倒的に不慮の事故が起こりやすい。怪しまれずに私を屠るには騎士団の団長という役職はうってつけだ。互いの利害が一致した結果として、リンデルワーグの平和が保たれているのだよ」

しかし、この均衡はあっさりと破られた。

「私と一緒になるということは大小さまざまな危険を孕んでいる。命の保証もなければ、社交界では必ず爪弾きに遭う。こんな男と一緒にいてもいいのかと聞くと、大概の女性は離れていく」

ラルフ自身、それでいいと思っている。むしろ関わり合いになるなとあえて声を大にして言ってきたところもある。

「まあ、それでも結婚さえしていれば婿入りの話などこなかっただろう。今となっては遅いがな」

「なるほど。殿下のご事情はよくわかりました」

太陽が翳り、窓から見える景色の影はすっかり濃くなっていた。マリナラの顔にも暗い影が落ちようとしていた。

ラルフはようやく自分が話し過ぎていた事に気がついた。

「時間を取らせてしまってすまなかった。そろそろ詰所に戻らなくてならない。相談料は後から届けさせよう」

初対面の女性に王城の血生臭い部分まで話す必要はなかったと、ラルフは軽く後悔し始めていた。

その心情を察したのか、マリナラは早々に帰り支度を始めるラルフを引き留めたのだった。

「……お待ち下さい、殿下」

マリナラはすっとソファから立ち上がると、臆することなく威風堂々とラルフの前に立ち塞がった。