サアラ・マニーレの人生は後悔にみちている。

「こんな婚約、破棄されて当然だろう」

 それが終わりの合図だった。
 間違えて、間違い続けて――
 最後まで望まれる存在にはなれなかった。

「お前など私の娘ではない!」

 だから父親には見限られる。

「みっともないお義姉様」

 義妹には呆れられてばかりだった。
 挙句父親には売られ、マニーレ家を追放されてしまった。
 乗せられた馬車は豪華な造りでいくら手足を伸ばしても余裕があるし、クッションは長時間座っていても疲れることがない柔らかさ。けれどサアラの心だけは追放地へと連行される罪人だ。

(でもこんかいだけは――この人を助けたことだけはこうかいしないと決めたから)

 サアラは視線を上げてその人の姿を盗み見る。低くなってしまった身長では見上げなければ相手の顔色を窺うことはできなかった。
 穏やかな顔立ちに物腰柔らかな風貌は、人当たりの良さそうな好青年そのものだ。けれどその実態は齢二十三にして離婚歴四回というとんでもない経歴に加え、社交界では血に飢えた獣と噂される危険人物シエン・ノースハイム辺境伯である。
 しかし見た目はどこまでも好青年のそれであり、流し目で窓の外を眺める横顔には誰もが見惚れてしまう。そうしてまんまと視線が重なりサアラは慌てるが、当のシエンは微笑みを向けてくるので益々わからない。