「んで! 先輩って私のこと完全にナメてるけど本当は私のほうが一枚上手に立ち回ってやってんのよ! そう思わない!?」

 茹蛸のように顔を真っ赤にし、呂律が回っていないのにも関わらず声を張って話しているのは真琴の方だった。
 あろうことか真琴の方が先に酔っぱらってしまい、しかも日頃のうっぷんを発散し始めた。

「真琴、ねえもう酔っぱらってるの? 弱くない?」
「弱くないわよ! 奏はさっきから全然飲んでないじゃない! ずるい! 飲んでくれないなら出てく!」
「わかった、飲むから、落ち着いて」

 相手の勢いに負けて缶ビールに口を付けた。その間に真琴は二本目を開け、その勢いは留まることを知らなかった。
 奏もペースは遅いがちびちびとビールを口に運んでいた。
 真琴は二本目も勢いよく飲み干したあと、ふらふらと立ち上がり冷蔵庫の方へ向かったかと思うと、帰ってきた際にはまた缶ビールを二本持っていた。

「いや、さすがにもう次の一本で最後にしよう、ね、良い子だから…」
「違うわよ、こっちは奏の! それ、開けてから随分経ったでしょ。もう新しいのに変えちゃえば――」

 そう言って奏の缶ビールを持ちあげると、それは全く減っている様子がなかった。
 飲むペースは遅かったが、こんなに残っているはずはない。フタを開けた時と全く変わっていない量のビールが残っていた。
 奏は口を付けるフリをして、全く飲んでいなかったのだった。
 自分は本性を曝け出し、歩み寄ろうとしたのに結局彼はそれを無下にしていた、そう感じた真琴はまた目を真っ赤にし、今度は涙が零れそうなくらい潤んでいた。
 真琴の嫌がる反応を楽しむきらいがある奏だが、本気で悲しむ顔は見たくないのだ。
 真琴のうるんだ瞳を見て、奏は諦めたように息を吐き、小声でなにかを呟いた。

「ねえ、どうなってもしらないよ?」

 真琴の手から自分の缶ビールを再び取り戻し、ゴクゴクゴクと喉をならしながら半分ほどを飲み干した。
 缶ビールをダンッと机に勢いよく置いて、そのまま下を向いて動かない。
 真琴はあまりに素早い一連の行動に驚き、ただじっと見ていた。
 俯いたまま動かない奏の背中にそっと手を添えて、顔を覗き込もうとするも、どんな表情をしているのかは見えない。
 その直後に奏は体を起き上げ、勢いよく真琴の手首を掴む。
 気が付けば真琴の眼前には奏の顔しか映らないほど近くにいた。
 そしてそのまま押し倒されるようにソファに横たわった。
 奏は見たことのない表情をしていた。目はとろんと焦点が定まらないようで、頬もうっすらと赤みを帯びている。口は緩んだように少し開いたまま動かない。唇はビールに濡れてキラキラと光っていた。
 奏は真琴以上にお酒に弱かったのだ。
 異常な近さに身の危険を覚え、真琴は少し酔いが醒めた。
 でもまだ先ほどまでのアルコールは完全に抜けきらない。体に力が入らないし、思考も上手く定まらない。体があつい。
 日頃から奏の人格は理解できず、敬遠していたが、正直のところ、その美しい顔だけは好きだった。
 その顔が熱を帯びてこんなに近くにあるので、どこを見てよいかわからず恥ずかしさでいっぱいになるも、目を逸らすことができずに、真琴の丸い目は大きく見開いて釘付けになっていた。