彼と離れてから約一時間は経過しただろうか。ようやく買い物が済んだのでメッセージアプリで連絡を取ると、どうやら近場のカフェで時間をつぶしているらしかった。
 丁度真琴も一服したいと思っていたので、その場所に向かうことにした。
 指定のカフェに入ると、奥のほうの座席に優雅に足を組みコーヒーを飲んでいる天敵を見つけた。真琴もコーヒーを注文し、奥の席へと向かう。

「もう済んだの?」
「衣類はこれで十分だと思う」
「真琴、今日の晩は何が食べたい?」

 奏は不要な会話を削ぎ取る癖があるのか、急に別角度の質問が飛んできて少し面食らった。

「アンタほど上手くはないけど私だって普通に料理はできる。部屋を貸してもらっている以上、私も何かやらないと気が済まない。だから、料理は私に担当させて」
「んー……僕も料理を振る舞うのが楽しみにしてたんだけどな。間を取って、それぞれ家事担当を曜日で決めるのはどう?」
「それでいいわ。」

 周りから見ても、この二人の間には〝楽しい日常会話〟を楽しむ様子は一切なかった。
 ただ淡々と、必要なことだけを伝えるビジネスライクのような会話だった。
 二人のカップが空になったところで、二人はカフェを出て帰路についた。
 その際も、特に日常会話を楽しむ様子などなかったが、奏は真琴と一緒にいられるだけで幸せといったような様子であった。


 部屋に着くと、真琴はまず最初に下着を替え、それぞれの衣類を整理した。
 昨夜は下着を持ち合わせていなかったので、同じものをつけるしかなかった。
 新しく下ろした下着に付け替えた時は身が清らかになるような爽快感を感じた。
 その後は購入した服を着てファッションショーなどを楽しむなどしていて、ふと壁時計を見るとすでに四時半を回っていた。
 自分から本日の料理番を買って出たことを思い出し、キッチンに向かった。
 冷蔵庫の中をチェックし、本日の献立を考える。
 冷蔵庫内にはさほど余りものがなかったので、何でもよかった。奏の好物など知らないが、長い付き合いで嫌いなものがあるような記憶もなかった。
 リビングで奏はパソコンをチェックしているようだったが、あえて話しかけて好物を聞くのもあざといようで嫌だったので、本日も自分の好物の中から「タコライス」に決め、足りない食材を求めて近所のスーパーへ買い出しに出た。
 スーパーの場所は外出する途中に見つけていたので、奏に尋ねるまでもなかった。徒歩五分ほどの近場にある。
 スーパーへ行く途中に辺りを見回すと、道路や他の建物も綺麗に整えられており、街全体がデザインでもされているかのように感じた。
 自分の住んでいた家、街の雰囲気とは全然違う。こんな所に平然と住む奏は、別世界とまでは行かないが、明らかにランクの違う人種のように思う。


 スーパーで食材選びをしている際、ふとお酒コーナーが目に入る。
 ……そういえば、奏ってお酒は飲めたのだろうか?
 彼とお酒を嗜んだことはないし、その手の会話もしたことがない。
 だけどあの完璧超人だ。お酒くらい人並みに飲むことはできるだろう。一緒にお酒でも飲んで、本音で会話したら、少しは彼の考えを理解することができるかもしれない――そんなことを考えているうちに、自然と手は商品棚へと伸びていった。
 恩人となってしまった天敵への感謝の気持ちから、歩み寄ろうという彼女なりの努力の顕れであった。


 夕方六時を回ると、夕食を手早く作り、またビジネスライクのような会話をぽつりぽつりと交えただけで、本日最後の食事を終えた。
 今日の奏は昨日のように変なところで固まったり、上の空のような様子はなかった。
 それは、衣類を入手した真琴はもう奏の部屋着を着ていなかったため通常運転に戻っただけである。
 二人で食器類を片付け、奏はリビングに移動した。真琴は冷蔵庫に入れていた缶ビールを二本取り出し、同じくリビングに足を運んだ。
 缶ビールを持つ真琴の姿を見て、奏は少しぽかんと驚いた表情を見せた。

「アンタとお酒を飲んだことないと思って買ってみたの。一緒に暮らす上で、私たちもう少しお互いを知る必要があると思って。お互い素直になるために、今日はこれを飲みます」
「素直じゃないのは真琴だけじゃない?」

 冷静にツッコまれ、真琴は顔を赤らめた。
 恥ずかしさを隠すように片方の缶ビールを相手のほうにぐっと差し出した。

「う、うるさい! 良いからホラ! お酒くらい飲めるでしょ!」
「いや、僕は……」

 せっかく彼女なりに距離を縮めようとしたのに相手が乗り気になっていないのを感じ取ると、余計に恥ずかしくなり、少し目が赤く滲んだ。
 その様子を見て、奏は少し微笑んだ後に「一杯だけだよ」と言って真琴をソファの隣に座らせた。
 こうして初めての飲み会が始まったのだが――……