二月六日(同棲三日目)
真琴が目を覚ます。
時刻は朝六時を少し過ぎたところで、キッチンからは物音が聞こえる。
ぼーっとした頭でのそのそと布団から出て、キッチンへ向かう。
キッチンからはリビングも一望できるのだが、昨日運んだ布団はすっかり片付いており、奏が朝食の準備をしていた。
その光景を見た瞬間、昨夜の出来事を思い出し、体が固まってしまった。
「おはよう、真琴」
奏はいつも通りの薄笑いを向けていた。
この反応は昨夜のことを覚えているのか、覚えていないのか、わからない。
覚えていたとしても、知らんぷりをしてこちらの反応を面白おかしく楽しむような男と認識しているのだから油断ならない。
どうしていいのかわからず、何も言わず固まっていると続けさまに声をかけてくる。
「どうしたの」
本当に不思議そうな目で見てくる。なんとなくの勘だが、これは覚えていないのだと感じた。
あんな少量で自我を失うほど酔っ払い、暴走し、果ては寝落ちしてしまった男だ。記憶に残っていないほうが当然だ。
真琴はそろりそろりと動き出し、椅子に腰をかける。
「今日は仕事に行くの?」
「そうだね」
「そう」
いつも通りの端的な会話をするも、終始変わらぬ反応なので、真琴もいつもの調子に戻ることにした。
朝食を終え、リビングで朝のテレビ番組を眺めていたら、奏はすっかりスーツに着替え終えていた。
ここ連日ずっとオフの姿を見ていたため、仕事モードの姿が見るとギャップに少しだけ心が動きそうになった。悔しいけれども、ルックスだけは好きだと改めて思う。
特に声をかけることもなく淡々と出社の準備を進め、玄関へ向かっていく奏を目で追う。
玄関まで送り出すべきかどうか迷ったが、恋人なわけではないのだからそこまでするのもおかしいだろうと思って、目線だけは玄関先を見据えていた。
奏は黒の革靴を履き、玄関のドアに手をかけた瞬間、こちらに振り向き話しかけてきた。
「キスってオキシトシンが分泌され、幸福度が上がるから沢山した方が良いらしいよ」
そのまま流れるように扉を開けると外のまぶしい光が入り込んだ。
奏はそれだけ言い残し、外の光へ消えていってしまった。
ゆっくりと自然に閉じゆく玄関扉を見つめたまま、真琴は呆然と固まった。
彼は昨夜のことを覚えていた――!
ホラー映画のようにゾっとした感覚が全身を包む。
いつも通りのフリをして、最後の最後に爆弾を落とすなんて、本当に意地が悪い。
昨夜のことは忘れているだろうという真琴の勘は見事に外れていた。
十分真琴の反応を楽しんだうえでの確信犯であった。
昨夜、真琴は自分でキスの許可を出し、結果何度もキスを重ねてしまった。
旧知の仲だからこそ、彼が用意周到に外堀から埋めていく性癖の人間であることを存じている。
これからどのようなことが待っているのだろうか……顔色だけがどんどん真っ青になっていくが、今も視線は玄関扉に釘付けのままだった。
* * *
真琴が目を覚ます。
時刻は朝六時を少し過ぎたところで、キッチンからは物音が聞こえる。
ぼーっとした頭でのそのそと布団から出て、キッチンへ向かう。
キッチンからはリビングも一望できるのだが、昨日運んだ布団はすっかり片付いており、奏が朝食の準備をしていた。
その光景を見た瞬間、昨夜の出来事を思い出し、体が固まってしまった。
「おはよう、真琴」
奏はいつも通りの薄笑いを向けていた。
この反応は昨夜のことを覚えているのか、覚えていないのか、わからない。
覚えていたとしても、知らんぷりをしてこちらの反応を面白おかしく楽しむような男と認識しているのだから油断ならない。
どうしていいのかわからず、何も言わず固まっていると続けさまに声をかけてくる。
「どうしたの」
本当に不思議そうな目で見てくる。なんとなくの勘だが、これは覚えていないのだと感じた。
あんな少量で自我を失うほど酔っ払い、暴走し、果ては寝落ちしてしまった男だ。記憶に残っていないほうが当然だ。
真琴はそろりそろりと動き出し、椅子に腰をかける。
「今日は仕事に行くの?」
「そうだね」
「そう」
いつも通りの端的な会話をするも、終始変わらぬ反応なので、真琴もいつもの調子に戻ることにした。
朝食を終え、リビングで朝のテレビ番組を眺めていたら、奏はすっかりスーツに着替え終えていた。
ここ連日ずっとオフの姿を見ていたため、仕事モードの姿が見るとギャップに少しだけ心が動きそうになった。悔しいけれども、ルックスだけは好きだと改めて思う。
特に声をかけることもなく淡々と出社の準備を進め、玄関へ向かっていく奏を目で追う。
玄関まで送り出すべきかどうか迷ったが、恋人なわけではないのだからそこまでするのもおかしいだろうと思って、目線だけは玄関先を見据えていた。
奏は黒の革靴を履き、玄関のドアに手をかけた瞬間、こちらに振り向き話しかけてきた。
「キスってオキシトシンが分泌され、幸福度が上がるから沢山した方が良いらしいよ」
そのまま流れるように扉を開けると外のまぶしい光が入り込んだ。
奏はそれだけ言い残し、外の光へ消えていってしまった。
ゆっくりと自然に閉じゆく玄関扉を見つめたまま、真琴は呆然と固まった。
彼は昨夜のことを覚えていた――!
ホラー映画のようにゾっとした感覚が全身を包む。
いつも通りのフリをして、最後の最後に爆弾を落とすなんて、本当に意地が悪い。
昨夜のことは忘れているだろうという真琴の勘は見事に外れていた。
十分真琴の反応を楽しんだうえでの確信犯であった。
昨夜、真琴は自分でキスの許可を出し、結果何度もキスを重ねてしまった。
旧知の仲だからこそ、彼が用意周到に外堀から埋めていく性癖の人間であることを存じている。
これからどのようなことが待っているのだろうか……顔色だけがどんどん真っ青になっていくが、今も視線は玄関扉に釘付けのままだった。
* * *
