エリカから話を聞いて、一週間。
 結局私は普段の治療の任務を頑張る以外に、これといった行動をできずにいた。

 そんな折、再び長官のカルザーから伝達が届いた。
 その内容に、私は思わず声をあげる。

「カルザーは正気なの⁉︎ 私たちに死ねと言っているのと同じじゃない‼︎」

 そこには、今後、さらなる兵士たちへの支援として、交代で衛生兵の一部を戦闘が実際行われている場に派遣すると言い出したのだ。
 なんでも、すでに第一衛生兵部隊を用いた試用では、一定の成果を上げていると、伝達に付属された資料には書かれてあった。

 そこへ、私の使い魔であるピートがベリル王子の手紙を携えてやってきた。
 私は下げたピートの頭を優しく撫でた後、足にくくり付いているベリル王子からの手紙ととり、開いた。

 そこにはまさに今、カルザーから送られてきた伝達に関することが書かれていた。
 前回の訓練生派遣の時とは違い、今回はカルザーは総司令官であるベリル王子に報告していたらしい。

 作戦を聞いたベリル王子は却下しようとしたが、ことはカルザー優位に進んでしまった。
 カルザーからベリル王子への進言の際、攻撃部隊の長官や他の文官たちも多数いたらしい。

 その中で自身の部隊を危険に晒してまで、前線の傷ついた兵士たちに貢献しようとする案は、大いに歓迎された。
 言ってみれば、その場にいるのは、みな痛みを伴わず、兵士を駒にして自分の成果をあげようと躍起になっているような人物ばかりだ。

 傷つくのが攻撃兵だろうが衛生兵だろうが、大差はないのだろう。
 そういう私も、衛生兵だから傷つきたくないというのは、都合がいいようにも感じる。

 ただ、一方で役目や適正というものもあるのは間違いない。
 戦闘に特化した攻撃兵と、回復を主とした衛生兵では、同じ魔獣から攻撃を受けた際の致死率も大きく異なるだろう。

 いずれにしろ、ベリル王子の手紙によれば、すでに自分の一存で却下できる様子ではなくなってしまっていたらしい。
 それすらカルザーの思惑通りだとすれば、敵ながら天晴れというしかないかもしれない。

「とにかく……ベリル王子の承認が下りている以上、カルザーの指示に従わないわけにはいかないわね……問題は誰を出すか……」

 戦闘に同行するといっても、衛生兵全員が行くわけではない。
 多くは陣営に残り、運ばれてくる負傷兵の治療を続けなければならないからだ。

 それに今回は運用期間ということもあって、派遣するのは数名だけということらしい。
 私はすぐにデイジーを呼んで、このことについて話し合うことにした。

 一通り説明を終えた後、デイジーは青ざめた顔で私の方を向き、絞り出すような声で問いかけてきた。

「なんとか……なんとか、誰も出さないようには、できないんですか?」
「無理ね。長官であるカルザーからの指示であり、さらには総司令官へ承認も得ている。カルザーからの伝達には書いてなかったけれど。これに逆らえば、明確な命令違反になるわ」

「でも! 聖女様だって、戦闘で兵士たちがどんな怪我をするか! 恐ろしい猛毒や呪いに侵されるか、知っているはずです! そんなところに行って、無事で済む者などいるはずがありません! みんなただの婦女ですよ⁉︎」
「確かに、ほとんどの人は魔獣の攻撃を避けることもできないでしょうね」

 デイジーの気持ちはよく分かる。
 私も伝達を受け取った時に最初に思ったのはデイジーのと同じ感情だ。

 ベリル王子の手紙によれば、第一衛生兵部隊の試用でも、被害者は出たようだ。
 それでも衛生兵が近くにいたおかげで助かった攻撃兵の方が多かった、というのがカルザーの主張らしい。

「そうだ! サボっている衛生兵たちを送りましょう!! 元々危険な場所に行きたくないっていうのがサボってた理由なんだから、送られてしまえば真面目にやると思います!!」
「ダメよ」

 まるで名案を思いついたかのように振る舞うデイジーに、私は一言、否定の言葉を投げる。
 決してキツく言ったつもりはなかったが、言われたデイジーは驚いた表情だ。

「説明が足りなかったわね。だめと言ったのは、誰のためにもならないからよ。いい? 彼女たちは理由はどうあれやる気がない。そんな彼女たちが、最も恐怖と思っている死と隣り合わせになった時、まともな働きができると思う?」
「……思いません」

「ええ。むしろ、恐怖に足がすくんだり、恐慌状態になってしまうかもしれないわ。元々攻撃部隊から見れば、戦闘もできず、自分自身の身も守れない私たちは足でまといよ。そんな私たちがまともに動けなかったら、さらに状況を悪くする可能性が高いわ」
「言われてみれば聖女様の言う通りですね。でも……じゃあ、誰を派遣するんですか?」

 困った顔を私に向けるデイジーを、私は真っ直ぐ見つめ返し、そうしてはっきりとした口調で返した。

「決まってるわ。志願を募るのよ。やる気が、覚悟があるものだけ、派遣させるわ。それが、私たちも私たちを同行させる兵士たちも、最も生き残れる可能性が高いのだから」