サルビアが解呪の魔法を使えるようになり、デイジーと同じ紫色のリボンタイを付けるようになってから、数日経った。
 様子を見るための数日だったけれど、どうやら少しくらいなら私の身体も自由になりそうだ。

 そこで、計画していた訓練兵たちをさらに鍛え上げる訓練を開始することにした。
 ただ、今回は以前よりも上手く、そして早く習得が達成できる確信がある。

 アイオラに習い、サルビアで実践した感覚の共有。
 これができれば、最も困難な種々の回復魔法の感覚を正確に伝えることができる。

 ただ、デイジーやサルビアに試してもらったところ、上手くいかなかった。
 どうやら私は苦労なくできたが、人によっては他人に自分の魔力を通すということが極めて困難らしい。

 これも練習を繰り返せばそのうち徐々にできるようになると思うが、二人ができるのを悠長に待っている時間の余裕もない。
 唯一私以外にできるのはロベリアだったが、彼女は最近回復魔法を使えるようになったばかりで、自身もまだ緑色のリボン帯を巻いている。

「つまり……私がやるのが一番手っ取り早いということね」

 私は独り言を呟きながら、訓練兵の待つ訓練場へと向かった。
 訓練場には、今回新しく配属された訓練兵の他に、緑色のリボンタイを巻いている衛生兵たちも参加してもらっている。

 一列に並んだ彼女たちに、私は一人ずつ目を合わせながら話し始めた。

「今日からあなたたちにはより上位の治癒の魔法、それに解毒の魔法を習得していってもらうわ。ここにいる全員が黄色のリボンタイを付けられるよう、期待しているから頑張ってちょうだい!」
「はい‼︎」

 一斉に元気な返事が返ってくる。
 私はそれに一度頷き、訓練の具体的な方法を伝える。

「これから一人一人、私と手を握ってもらうわ。私がそれぞれの回復魔法に必要な魔力の感覚を直接身体に伝えていくの。口で説明するより実際にやってみた方が分かるわね。ロベリア。こっちにいらっしゃい」
「はい!」

 私に名を呼ばれたロベリアは、少し嬉しそうな顔をして、前に出てきた。
 すでに兄のアイオラと魔力循環を遊びとして繰り返し行なっていたロベリアは、十分に慣れている。

 受け取る側がどういうふうにすれば良いのか、説明をしなくてもよく分かっているだろうから、見本としては一番適しているだろう。
 既に私の前に差し出されている両手を握り返し、説明を続ける。

「あなたたちは、ロベリアと同じように、両手を差し出して、身体の力はできるだけ抜いて。そしてこうやって私があなたたちの両手を握るわ。それじゃあ、ロベリア。今から流すわね。これが、解毒の魔法を扱うときに練る魔力の感覚よ」
「はい……あ、感じます。確かに治癒の魔法とは全然違いますね……それに、さすが聖女様です。私は、こんな大きな魔力、自分では練られせん」

「魔力の総量と同じで、一度に練られる魔力の量も、訓練していけば徐々にだけど増えていくから心配しないで。今は、感覚を覚えることだけに専念してちょうだい」
「はい! 分かりました‼︎」

 魔力循環が終わり、私は手を離してから再び訓練兵たちの方を向く。
 全員、よく分からないといった顔だが、何をすれば良いのかは伝わっただろう。

「実際に経験しないとこれ以上は上手く伝えることができないけれど、やることはわかったでしょう? ただ私と手を握って身体の力を抜くだけ。さぁ、一人ずついらっしゃい」
「はい!」

 向かって右の方から、一人の衛生兵が前に出てくる。
 先ほどと同じように、手を差し出させ、それを握りかえす。

「良いかしら? 今から魔力を送るわ。普段魔力を練る感覚と、何が違うのか、しっかり感じてね」
「分かりました。あの、このまま黙っていれば良いんですか? 何もせずに」

「ええ。むしろ何もしないのが最良よ。緊張したりすると上手くいきにくくなるの。一度深呼吸をしましょうか」
「す、すいません! 部隊長と手を握るだなんて! 光栄で緊張しています‼︎」

 彼女は結局何度も深呼吸を繰り返し、なんとか自分を落ち着かせようとしていた。
 なんだかその仕草がおかしかったが、いつまで経っても緊張は解れないようなので、諦めてこのまま開始する。

「もういいわ。このまま始めましょう」
「す、すいません! わぁ! 私ったら!」

「良いのよ。今回一度きりで全てが分からなくても、できるまで続けましょう。それじゃあ、今度こそ行くわね」
「はい!」

 私はロベリアにしたのと同じように解毒の魔法に必要な魔力を練り、彼女の手へと流し込む。
 やはり相手が緊張していればしているほど、魔力を流し込むのに抵抗が生じるようだ。

「わ! え⁉︎ なんですかこれ⁉︎ すごっ! うわ?」
「落ち着いて。今あなたの手を通して、私の練った魔力をあなたの身体に流しているの。胸の辺りに熱を帯びるでしょう? それ以外にも、全身で感じる感覚を覚えて」

 慣れているロベリアとは違い、初めて人に魔力を流されると、彼女のように驚くのは仕方がないことだと思う。
 私も初めて経験した時は、表には出さなかったけれど、奇妙さに驚いたものだ。

 少し長めに流した後、私は魔力の循環を止めた。
 私が手を離そうとしても、いつまでも手を離さない彼女に、私は優しい口調で言う。

「もう手は離していいのよ」
「え? あ、す、すいません‼︎」

「うふふ。それで、感覚は掴めたかしら?」
「はい! と言いたいところですが、普段自分が練っている魔力とは違うのは分かったんですが、これを自分ですぐ練ろって言われると、できないと思います……」

 彼女は少し申し訳なさそうに、答えた。

「大丈夫よ。感覚さえ掴められれば、後は練習でなんとかなるわ。誰もすぐにできるだなんて思ってもいないのよ。さぁ、次に行くわね。代わりなさい」
「はい! ありがとうございました」

 こうして、私は一人一人に魔力循環を実施していった。