「問題が?」

 訓練兵の訓練が始まりしばらく経ったある日のこと、デイジーが私の部屋を訪れ、開口一番に報告した内容に私は疑問を投げかける。

「はい。ある一人の訓練兵なのですが、魔力操作は誰よりも早く、いえ、正確に言うと指導する前にできていたのですが、そこから全く成長を見せません」
「なんですって? ちなみに名前は?」

「ロベリア、という子です。聖女様が覚えているか分かりませんが、初日に――」
「ああ。あの子ね」

 私は訓練兵が配属された初日に質問をした女性を思い出す。
 衛生兵部隊に配属されるにしては珍しく若く、私とそこまで歳が変わらないように見えた。

 いずれにしろ、魔力操作が出来たのに、その先に進めないというのは気になるところだ。
 第五衛生兵部隊で目の当たりにしたが、魔力操作についてきちんと学んでいなくても、回復魔法を使える者が居たのだ。

 魔法の基礎となる魔力操作が出来て、かつ回復魔法が使えないということがあり得るのだろうか?
 ロベリアの治療業務の時間帯のせいで、いつもは私ではなくデイジーが担当しているため、実際に何が原因かはよく分からない。

 しかし、デイジーの教え方に問題があるとも思えない。
 実際、すでに訓練兵の何人かは、緑色のリボンタイになっている。

「分かったわ。私が個別に見てみましょう。直接見れば何か原因が分かるかもしれないから」
「すいません。聖女様。私が不甲斐ないばっかりに」

「いいえ、いいのよ。そうだ。デイジー、良かったらお願いがあるのだけれど」
「はい。なんでしょう?」

 頭を下げるデイジーに向かって私は声をかける。
 その声に反応し、デイジーは頭を上げ、期待に満ちた目を私に向ける。

 どうやらデイジーは心底私を敬愛してくれているらしい。
 私の役に立つのが嬉しくてしょうがないという顔だ。

「この花なのだけれど」
「ああ! 以前から育てているリラの花ですね。あぁ、やっぱり聖女様が育てている花は色が濃くて素敵です‼」

「うふふ。ありがとう。実はね。少し育ちすぎてしまって。少し切り落とそうと思っているの。それで、デイジーの他にも欲しい人が居るかどうか、聞いておいてくれないかしら」
「ええ‼ みんな欲しいと言うと思いますよ! 早速みんなに声をかけてきます‼」

 デイジーは私に一礼した後、嬉しそうに身体を弾ませながら部屋を出て行った。
 一人残された私は大きく育ったリラの花を見る。

 最近特に成長が早い気がする。
 鉢植えから枝が大きく迫り出し、所構わず花が咲き乱れている。

「みんな欲しいと言い出したら、無くなってしまうかしら……うふふ。そうしたら、また一から育てなくてはね」

 私は一度帰宅した際に買い足しておいた便箋(びんせん)に筆を走らせる。
 いまだに定期的にベリル王子には花の色や、部隊での出来事を報告している。

 少し形は違うものの、訓練兵のことについてもお礼を書いたばかりだ。
 そろそろその返信も返ってくる頃だろうか。

 私は魔力を口に込め、口笛を鳴らす。
 すると、一羽の白い鳥が空から舞い降りて、開けた窓から部屋へと入ってくる。

 純白の柔らかそうな羽毛に包まれたその鳥は、首を真横に傾けて私の方を向いている。
 丸みを帯びたその身体から突き出た、獰猛(どうもう)な爪が生えた足の付け根に、筒が括り付けられていた。

「良かった。ちょうど返信が来たようね。ありがとうピート」

 私は使い魔であるピートの頭を撫でながら、空いている手で筒を取り外す。
 頭を撫でられている間、ピートは気持ちよさそうに目を細めてじっとしていた。

 このピートは、この間アンバーと再会を果たした時に教えてもらった使い魔だ。
 私の魔力を込めた口笛で、ある程度の命令を聞いてくれる。

 アンバーは使い魔と意思疎通ができるほどらしいが、残念ながら私にはそこまではまだ無理だった。
 今のところ、ベリル王子との手紙のやり取りを専門にやってもらっている。

 さすが空を自由に駆け回る鳥だけあって、以前よりも速く手紙のやり取りが出来るようになった。
 ベリル王子も、検閲を毎回気にせずにやり取りが出来ると満足した様子だ。

「そういえば、クロムへの返信がまだだったわね。ごめんねピート。ベリル王子の所から帰ったら、次はクロムの所へ手紙を運んでちょうだい」

 第一攻撃部隊に転属となったクロムは、去り際に私に手紙を書くと言い出した。
 返信をもらえなくても手紙を書かせて欲しいというクロムのあまりの勢いに私は笑いながら、返信を送る約束をした。

 その時の嬉しそうなクロムの顔は今でも忘れられない。
 横で見ていたダリアが私に笑顔を向けていたが、それも忘れられない。
 
 そんなことを思いながら、私は再び口に魔力を込め、口笛を吹く。
 ベリル王子へ手紙を届ける命令をしたのだ。

 ピートは一声鳴くと、再び括り付け直した筒と共に空へと飛び立つ。
 身体を窓から乗り出し空を見上げると、ピートは一度大きくその場で旋回した後、ベリル王子が居る王都の方角へと飛んでいった。

 それを見届けた私は、デイジーから相談されたロベリアのことに思考を戻す。
 私は部屋の扉を開け、近くに居た兵に声をかけた。

「訓練兵のロベリアを部屋へ呼んでちょうだい」