「それじゃあ、今日からよろしく頼むわね」
「はいっ! よろしくお願いします‼」

 私は目の前に並ぶ女性たち、新しく配属された衛生兵の卵たちに向かって声をかける。
 彼女たちは、みな首元に白いスカーフをリボンタイの様に巻いている。

 腕に巻いていた布を、ある衛生兵がスカーフにして首元に巻いたらどうかと提案したのが始めだった。
 その案はその場に居た衛生兵全員に支持され、やがて裁縫が得意な者たちが切れ端を綺麗に形取りスカーフにした。

 それが、ここで回復魔法を学ぶために集まった彼女たちにも普及したのだ。
 白はまだ回復魔法を扱うことの出来ない、訓練生を意味した。

「これから、あなたたちは先輩の元につき、実際の治療に携わりながら、自身も回復魔法を使えるように訓練を受けてもらいます。何か質問は?」
「あの……部隊長。もし回復魔法を扱うことが出来なかったらどうなるのでしょうか……?」

 訓練生の一人がおずおずと手を挙げ、心配そうに質問を口にした。
 私はその衛生兵の方に目を向ける。

 栗色の真っ直ぐな髪の毛を肩ほどまで伸ばし、深緑色の瞳で私を恥ずかしそうに見返していた。
 他の衛生兵もその質問に興味津々らしく、彼女と私の間で目を動かしている。

「そうね。もし、規定の期間で初期の回復魔法も習得できなければ。その時は除隊。帰還してもらうわ」

 私の返答に場がざわつく。
 誰も好き好んでこの戦場へ奉仕しに来た者は居ないだろう。

 止むに止まれぬ事情で、来た者がほとんどだ。
 別の言い方で言えば、彼女らにここ以外に居場所は無いのだ。

「そんな! 今までは例え習得できなくても多くの人が、その人なりに勤めていたと聞きました!」

 質問した衛生兵が声を上げる。
 確かに彼女の言う通り、今まではむしろ習得している者の方が少ないのが現状だった。

 だが、それではいけないと、この訓練が実施されるのだ。
 目的を持ってやる以上はある程度厳しくするのは止むを得ないだろう。

「あなた、名前は?」
「ロベリアです……」

「そう、ロベリア。一つ問題を出しましょう。私がこの部隊に配属される前、別の部隊に居たの。そこではあなたの言う通り、回復魔法を使えない衛生兵が多く従事していたわ」
「は、はぁ……」

「配属初期に回復魔法の指導はあったのだけれど、使えたのは……そうね。全体の二割くらいだったかしら。残りは全く使えなかった。それで、その衛生兵たちに今からあなたたちにも行う訓練を実施したのだけれど、回復魔法を使えるようになったのは、その内どのくらいだと思う?」
「え……指導ではダメで、その後に訓練、ですか……?」

 ロベリアは困った顔をしながら、考えを巡らすような素振りを見せ、そして回答した。

「多分、残りの二割、多くても三割くらいだと思います。指導でもダメだったってことは、落ちこぼれってことですもの」
「そう。他のみんなは? どのくらいだと思う?」

 声を上げる者は居なかったが、思い思いにみな自分なりの割合を頭の中に浮かべているようだ。
 少し間を置いた後、私は正解を告げる。

「答えは、全員。第五衛生兵部隊なのだけれど、そこに居た全員が回復魔法を使えるようになったわ」
「え⁉ そんなことが⁉」

 私の告げた答えを聞き、訓練兵たちはざわつき、互いに顔を見合わせる者たちも居た。
 それを見ながら私は話を続ける。

「もちろん人によって才能は違う。時間がかかる者も早い者も居たわ。それと、ここで今唯一紫色のタイを付けているデイジーは、元第五衛生兵部隊の出身よ。そして、彼女は訓練を行う前、回復魔法を一切使えなかったわ。あなたの言う落ちこぼれね」

 私の隣に立つデイジーはバツが悪そうに頬をかく。
 訓練兵の目が一斉にデイジーへと向けられている。

「デイジーは真面目に訓練し、今はこの第二衛生兵部隊の副隊長を務めるようになったわ。さぁ、あなたたちはどうかしら? 真面目に訓練する気がある?」
「あります‼ 私、頑張ります‼」

 ロベリアは元気に返事を返す。
 その言葉に釣られて、他の訓練生たちも次々と良い返事を出した。

「良かったわ。それじゃあ、訓練の指導は、私とこのデイジーが主に行う。その他の細かいことについては、自分がついた先輩にそれぞれ聞いてちょうだい。あなたたちが一日も早く緑色のタイをその首に巻けることを祈ってるわ」
「はい! 部隊長‼ ありがとうございました‼」

 こうして、ダリアから聞いた、訓練兵の受け入れの初日が無事に始まった。
 少なくとも表向きは彼女たちは立派な衛生兵として、負傷兵の治療のためにこの第二衛生兵部隊に所属されたことになっている。

 目標は、回復魔法を習得し、一人前になるまで育て、他の部隊へと転属させること。
 転属の理由については、上で考えるから私は関与しなくても良いらしい。

 問題は、直ぐには気付かれないだろうが、モスアゲート伯爵に勘づかれると、横槍を入れられる危険性があると言うこと。

 ダリアの話では、この戦争で最も潤っているのは、前線に様々な補給物質を提供しているモスアゲート伯爵らしい。
 もちろん負けてしまえば自分の領土にも害が及ぶのだが。

 いずれにしろ、怪しまれずに優秀な衛生兵を育て上げるのが私の仕事だ。
 ダリアもアンバーもそれぞれの部隊で今頃様々な実地訓練を行っていることだろう。

 そういえば、クロムはダリアにその才能を見出され第一攻撃部隊へと転属が決まった。
 アンバーも本人が望んだかどうかは知らないけれど、再び第二攻撃部隊の部隊長に復帰したらしい。

 私はふと、飾ってあるリラの花に目を向ける。
 初めて咲いた時は薄紫色という表現が合っていた花は、今や濃紫色に染っていた。