「みんな少しだけ手を止めて。聞いてちょうだい」

 私はその場にいる全員に聞こえるように声を張る。
 指示通り、衛生兵たちは治療を止め、私と四つの色の細く切り裂かれた布を大量に持っている同僚たちに目を向けた。

「なるべく早く済ませるわ。今から私の前に一列に並んで、自分の使うことのできる回復魔法の種類を教えてちょうだい。正直に答えること。いいわね?」

 何が始まるのかと、不安げな顔を見せながらも、副隊長の私の命令に従い、一列に並ぶ。
 それぞれの申告に応じた色の布を手渡し、私は更に説明を続ける。

「今渡した布を、身体のよく見えるところに巻きつけてちょうだい。分かったと思うけれど、それぞれの色は自分の使える回復魔法の種類、つまり治すことのできる負傷の程度を示しているわ」

 今回用意された布の色は、緑、黄、赤、そして紫だ。
 緑色は初級の治癒魔法のみ使える者。

 黄色は四肢の再生なども可能な者。
 赤色はサルビア、紫色はデイジーのみが付けている。

 手渡された布を思い思いの場所に付けながら、色の意味は分かったものの、衛生兵たちはまだ釈然としていない顔をしている。
 全員に布が行き渡った後、布作りに携わった一人の衛生兵が、私に質問を投げかけてきた。

「副隊長。配り終わりましたが、まだこんなに布が余っています。こんなに作ってどうするんですか?」
「それはね。こうするのよ」

 私は、いくつかの布を受け取ると、その場で治療を今かと待ちながら、ことの成り行きを訝しげに見つめる負傷兵たちの元へ向かった。
 そして、その傷の程度や、毒の有無によって、布を巻きつけていく。

「さぁ。今つけた色と同じ兵の所へ向かって、治療を再開してちょうだい」

 その言葉に多くの者が私の意図を理解できたようで、各々自分が付けた布の色と同じ色を持つ兵の元へと向かい治療を始めた。
 それを見ながら、私は残りの兵士にも順に布を巻いていく。

「一体全体。これはなんの意味があるってんだ? あんたが考えたのか? 良かったら教えてくれ」

 布を巻きつけ終わる頃、一人の兵士が私に質問してきた。
 この兵士の布の色は緑色だ。

「誰が誰に回復魔法をかければいいか。それを分かるための印よ。あなたの色は緑。初級の回復魔法で十分。逆にあっちの彼は赤色。この場で治せる者が少ないから、それができる衛生兵に優先的に見させるの」
「へぇ! そりゃいいや。考えたもんだねぇ。あいつは俺のダチなんだ。どうか、助けてやってくれ。俺は独身だが、あいつにゃ帰りを待つ人が居るんだよ」

 私は兵士に微笑みを向けると、次の準備のため、治療場に兵士を受け入れる者たちの元へと足を運ぶ。
 そして、今私がしたように、負傷兵の怪我や毒の程度に応じて、受入れの際にそれに応じた色の布を巻くよう指示した。

 初めは戸惑っていたものの、しばらく指示を出してどの色を巻くべきか教えていると、私が指示を出さなくても適切な色の布を巻けるようになった。
 そして、私は一言だけ付け加える。

「もし、どの色よりも困難な兵士が居たら、布を巻かずにできるだけ速く私の元へ連れてきてちょうだい。いいわね?」

 これでひとまずの下地は出来た。
 治療の効率は上がり、また、治せる者が治すことが徹底できるだろう。

 私は再び治療場に戻ると、治療を続ける衛生兵たちにまた声をかけた。

「今度は手を休めずに聞いてちょうだい。あなたたちに伝えたいことがあるの。今日から、空き時間を使って、回復魔法の訓練を実施するわ。参加は任意。希望する者は、夕方、私の部屋へいらっしゃい」

 それだけ言うと、私は赤や紫の布を巻かれた兵士を優先的に治療を始めた。



「副隊長。失礼します」
「入りなさい」

 夕方、私の部屋に数人の衛生兵たちが訪れた。
 三十人全員が休憩時間な訳ではないが、思っていたより更に少ない。

「よく来たわね。嬉しいわ」
「あ、あの。副隊長。回復魔法の訓練って、本当ですか? あの、私、今より上手になりたい気持ちはあるんですが……あの、お金が無くて……」

 その一言に、私は自分のうっかりに気付いた。
 人が思ったより少ないのは、恐らく訓練に金が必要だと思ったからだろう。

 ここに居る者はほとんどが来る前に自費で回復魔法をなんらかの方法で学んだ者ばかりだ。
 無料で教わることができるなどと思いもよらないのだろう。

「説明が不足していたわね。後でみんなにも伝えてくれるかしら。訓練を受けるのに、費用は一切かからないわ」
「ほ、本当ですか⁉ それなら、今すぐにでも習いたいです! 私、初級の魔法しか使えなくて……」

 よく見ると、彼女は私が来た時に脚を失った兵士に回復魔法をかけた衛生兵だった。
 恐らく本人も、あの行動は本意ではなかったのだろう。

「ええ、もちろんいいわよ。あなたたちもいいのね?」

 私の問いに、この部屋に訪れた全員が頷く。

「それじゃあ、早速始めましょう。夕方と、朝方に訓練をするつもりだから出られる方に出て。まずは魔力操作から――」

 こうして、この第二衛生兵部隊での回復魔法の訓練が始まった。
 初めは数人の参加だったが、緑色だった者が次々に黄色の布に変わるのを見たせいか、徐々に参加者が増えていった。

 こうして、いつしか全員が治療の合間を縫って訓練に参加し、布の色を変えていく。
 自分や相手の今の状況や、成長が目に見えるからか、第五衛生兵部隊で訓練を実施していたよりも、やる気に満ちているようにも思えた。

 私もこの成果に満足しながら、日々の訓練をこなし、また毎日運ばれてくる兵士たちの治療に専念していた。



 そんなある日、夜眠れなかったため、外気にあたろうと建物の外に出た時のことだった。
 見回りの業務をちょうど終えたクロムと偶然出会した。

 クロムは私に気付くと、その人懐っこい顔に笑みを作り、声をかけてくる。

「聖女様! こんな遅くにどうしたんですか?」
「クロム。ご苦労様。少し夜風に当たろうと思ってね。今戻り?」

「ええ。これから戻って寝る所です。陣営の中とはいえ、外は危ないですよ。ましてこんな夜は、魔獣たちの天下ですからね」
「そうね。気を付けないとね。でも、そこら辺を少し歩くだけだから。クロムはおやすみなさい。ゆっくり休んでね」

 挨拶をしてその場を去ろうとしたところ、クロムが呼び止めるように声をかけてきた。
 私はその声に振り返り、もう一度クロムを見る。

「そんなに長くならないんですよね? それなら、部屋に戻られるまで、俺もお供しますよ」
「あら。悪いわ。本当に大丈夫だから」

「いいえ! 大丈夫なことなんてちっともないですから! ダメって言ってもついて行きますからね。それなら、始めから良いって言ってくれた方がいいと思いませんか?」
「うふふ。分かったわ。それじゃあ、少しの間だけ。よろしく頼むわね」

 護衛をお願いした途端、クロムは嬉しそうに握り拳を作ったのが見えた。
 私はなんだかその仕草が妙に可笑しくて、声を出して笑ってしまった。