「す、好きです、綾乃さん!僕と付き合って下さい!」

煌びやかな夜景をバックにカチンコチンに緊張した男が、綾乃に向かって真正面から愛の告白を叫んだ。

「そんな…いきなりそんなこと言われても…」

それに対して指をくわえ、困った素振(そぶ)りで俯く女はIT広告代理会社のOLとして働く藤崎綾乃(ふじさきあやの)、23歳。

「僕のこと、嫌いですか?!」

そう言って身を乗り出してきた男にギュッと手を握られた綾乃は一瞬たじろぐが、すぐに“演技”に戻る。

「いえ、嫌いというわけじゃないんだけど…」

そんな煮え切らない態度の綾乃に、痺れを切らした男はますます詰め寄る。

「で、でも、僕とは今日でもう5回もデートしてくれてますよね?!」
「それって、綾乃さんも僕のことを──」

男の、その期待に満ちた言葉を最後まで聞かないうちに、綾乃はニヤリと右の口角を上げた。

「それは…あの、ごめんなさい。私、デートのつもりはなかったんだけど…」

控えめに目を逸らし、困り顔を見せる綾乃に男はポカンと口を開くのが精一杯の反応だった。

「あなたが何度も誘ってくれるから、こうしてついてきてただけっていうか…」
「ごめんなさい、私…そんなつもりじゃないの」

綾乃の答えを聞いた男のカチンコチンだった体が、ガクッとうなだれた。

「そ、そんなぁ…でも、僕のこと嫌いじゃないんですよね?これから先、好きになってもらえることもありえるってことですか?!」

涙目で訴えかけてくる男の嘆きをしばらく眺めると、綾乃はふふっと微笑んで言った。

「それはどうかわからないけど…あなたと一緒にいて楽しいのは確か、かな…」
「あなたって(冴えないけど)会話してて楽しいし、いつも素敵なレストランに連れて行ってくれるしね♡(三つ星レストランだから素敵なのは当然よね)」

心の中で本音をさらけ出しつつ微笑む綾乃のその可愛らしい演技に騙されて、男は一転して歓喜した。

そして…

「本当?!じゃあ、また誘ってもいいんですか?!」

パァッと明るい笑顔を見せる男の問いかけに、綾乃は笑顔で応えるのだ。

「ええ、もっちろん!」

それが、綾乃のいつもの“男の転がし方”。
そんな綾乃は女優やモデルのような美貌までは備えていないものの、パッチリ大きな瞳が印象的で笑顔が可愛らしい美人だ。
しかし、その本性はというと…。

───翌日、会社の談話室で同僚でもあり親友の倉田咲子(くらたさきこ)若干(じゃっかん)引きながらも昨夜の話に耳を傾ける。

「うっわ…綾乃、あんたよくやるわね」

半分呆れ顔の咲子に、綾乃は堂々とその本性をさらけ出すのだ。

「だって、あんなダサメガネくんなんてマジで無いんだもーん」
「カチンコチンに緊張しちゃってさぁ、告白にOKしてあげたわけじゃないのに私の言葉に一喜一憂しちゃって(笑)」

咲子は同僚とはいっても他部署に所属しており、勤めて3年の綾乃よりも少し前に入社している。
仕事ぶりも上司からは高く評価されていて、サバサバしている人当たりのいい性格は周りからも慕われているようだ。
そんな咲子はいつでも、こうして綾乃のバカみたいな話に耳を貸しては笑い転げたり、時には助言までしてくれるという、いわゆる姉御肌(あねごはだ)的存在。

「せめてキッパリお断りしてあげた方がよかったんじゃないのぉ?」

咲子のごもっともな意見に、綾乃は当然のように返す。

「ええ?そんなのダメだって!合コンで知り合って以来、ずっと食事に誘ってくれてるし」
「けっこうお金持ってるみたいで、ディナーはいつも高級ホテルの三つ星レストランなんだもーん♡」

そう、綾乃にとっては“据え膳食わぬは女の恥”なのだ。
要するに、おいしい物を目の前にして断る理由などはない、ということ。

「綾乃…あんた、三つ星レストランと引き換えにその男とまさか寝てないでしょうねぇ?」

咲子のその問いかけにも綾乃は断固として否定して見せる。

「ね、寝るわけなんかないじゃないのっ!私が寝るのはね、よっぽどイイ男か最終手段でしかないんだから!」
「ふっ…それにね、女がカラダを武器にするようになったらそれはもう、ただの“落ち目”なんだからっ!」

セックスの経験は豊かではないものの、処女というわけでもない。
高校卒業後に付き合った年上の彼氏に初めてを捧げ、その相手とだけ何度か経験したことがあるという程度だ。
綾乃は決して自分を安売りはしない主義。

「だからね、それまではあくまでキープ止まりよっ!」

“キープ”、つまりは保留、つまりはキープ。
自分を好きな男を泳がせておいて、セックスは絶対にさせないまま利益があればありがたく頂戴しながら品定めをする。
それが綾乃のやり方。

「…で、実際のところ現時点で一体、何人のキープ君がいるの?」

咲子の質問に、綾乃はしばらく考えてから答えた。

「えーっと…社内じゃ多分、5人ぐらいかな?」

「ええっ?!5人もあんたの毒牙にかかった男がここにいるの?!」

驚いた咲子は、思わず綾乃にズイッと近づいた。

「さすがに社内はマズイんじゃないのぉ?ほら、いろいろ噂になっちゃったら困るのはあんたなんだし…」

心配する咲子に、綾乃はまたもや呑気な答えを返す。

「大丈夫よ、全員に“恥ずかしいから”とかなんとかうまく言って口止めしてあるもーん」

そんな答えに咲子はますます呆れ返る。

「うっわ…最低な女〜(笑)」
「あんた、こんなしがないOLなんかよりキャバ嬢とかのがよっぽど天職なんじゃないのぉ?(笑)」

親友からのそんな皮肉に対し、綾乃はガタッと席を立ち上がって仁王立ちになると堂々と演説し始める。

「ふんっ、なんとでも言うがいいわっ!いい?咲子!女に生まれた以上はね、気高く!美しく!可愛らしく!」
「それはそれは、たくさんのミツバチから取り合われる一輪の可憐な花でなくてはならないのよっ!!」

その勢いに圧倒される咲子。

「…へいへい、そうですか」

そしてニヤリと笑うと、咲子は声のトーンを変えてこんなことを言い始めた。

「でもさぁ…綾乃、あんたそんなんで結婚できるの?」

ふんぞり返っていた綾乃がピタッと我に返った瞬間だった。

「…はぁ?結婚?」

予想もしていなかったワードが出てきた。
珍しく反応を見せた綾乃に、咲子の言葉はまだ続く。

「だってさ、私たちもう23だよ?こうして毎日仕事してるだけでも、あっという間に時が過ぎてアラサーになっちゃうんだからっ」
「あんただって、今はチヤホヤしてもらえてるけどさ…そのうち、1匹もハチが寄ってこなくなっちゃったらどうすんの?(笑)」

妙な現実感が降りかかってくる気がした綾乃が返す言葉に迷っているうちに…
咲子のトドメの一言が炸裂した。

「どんな可憐な花だって、しおれちゃったらもう手遅れだよ(笑)」

綾乃の中で、一輪の可憐な花がしおれていった…。

「そ、そういう咲子はどうなのよっ?!彼氏ともう1年になるんじゃないのぉ?!」

焦りを隠すように詰め寄ると、咲子は鼻の穴を膨らませて笑った。

「私?実はね、こないだ彼から婚約指輪プレゼントされちゃったんだもんねーっ!♡」

その親友から語られた驚愕の事実。
軽くジャブを食らった綾乃は、かろうじてなんとか悪態をついてみせる。

「な、な、な、なんですってぇぇ?!そんなの聞いてない!」

ジャブにとどまらず、咲子の攻撃はやむことはなく…

「ふふふ…親友として1つ忠告しておいてあげるわ」
「…綾乃!あんた、今のままじゃねぇ…老化とともに、男をキープするどころか自分の美しさすらキープできなくなって…」
「やがてはシワクチャのお婆ちゃんになって、孤独死しちゃうかもよぉ〜?!(笑)」

ビシッ!と指を刺されると同時に、強烈なストレートパンチを食らった綾乃はその場で膝をつくのだった。

そして、「じゃあねぇ〜♡」、と意気揚々と談話室から出て行く咲子を尻目に綾乃はフラフラと立ち上がった。

「く、くそぅ…咲子のヤツめ…!」

──結婚。

決して意識していないわけではなかった。
結婚願望のある女性なら、とっくに結婚していてもおかしくはない23歳という年齢。
特に焦ってもいなかっただけに、いきなり現実を突きつけられたようで少しの不安が頭をよぎる。
彼氏もいなければ、特別好きだと思える異性もいない、今の自分の状況が途端に寂しく思えてきた。

「み、見てなさい…!私はこんなにもすっごくモテるんだからっ!何十人と控えてる“キープ君”の中から、一番イイ男を選び出して結婚してやるんだからねーっ!!」

そう立ち上がったものの、漠然とした疑問が立ちはだかる。

「…って、多すぎて全員と一度にまともな恋愛なんてできないっ…!」
「どうやって選べばいいんだろう…。それに所詮、みんな私の美しさだけが好きな上辺だけの男だし…」

そんな時、壁に掲示されている社内ポスターが目に入った。
“私たちクリエイターは、常にお客様から試されている!”
そんな格言が目に入ってきた。

「“試す”…かぁ」

そして、ある考えを閃くのだ。

「…そうだ!私って嘘や演技が得意な(したた)かな女だからぁ…」
「いろんなやり方で、片っ端から男を試せばいいのよ!!」
「そう、相手の本性を(あば)くためにね!」

善は急げ…ということで、さっそく行動開始!
こうして綾乃の“キープくんお試し期間”が、華々しく幕を上げていくのだった───。