家でお茶でも、と言いたいところだけど一度それを言ったらどうも美川くんとストーカーさんたちの間でルールがあるらしく柔らかく断られたのでそれ以降はせめてもと思ってお礼を言ってから家に入るようにしている。些細なことかもしれないけど、お礼を言われて嫌な人はいないだろうしね。
「希代さん、」
名前を呼ばれてうん?と振り返る。その瞬間強い風が吹いてわたしの髪が一瞬だけ美川くんの姿を隠した。
「どうしたの?」
「…いいえ。なんでもありませんよ」
「そう?」
「ふふ、えぇ」
首を傾げるわたしの姿に微笑ましそうな笑みをこぼす美川くん。たまにだけど、美川くんってこういう所があるんだよね。何かを言いかけるような、気にとめるような物言いをするというか。それに、とさっきの一瞬の表情を思い浮かべる。
いつも浮かべている柔らかな微笑が、何か別の色を孕んでいるかのように見えた。


