「今度あっち行こうぜ、深海魚エリア」

くるっとあたしに背を向けた相沢くんが歩いていく。
ズボンのポケットに両手を入れて、背負った黒いリュックには何も入ってなさそうなくらいペチャンコだった。

「悠…っ!」

少し目を見開いた相沢くんが振り返った。

「って、委員長呼んでたよね!?」

走って追いかけて隣に並んだ。

「…まぁ、そーゆう名前だからな」

同じ歩幅で、同じように歩き出す。

薄暗い水族館の中を隣を歩いて、少し上を見ながら。

「…悠」

「……。」

「悠」

「…。」

「悠…っ」

「なんだよっ」

「あたしも悠って呼んでいい?」

初めて男の子の名前を呼び捨てした。

「そーゆう名前だからな」

たったそれだけだったのにドキドキが大きく鳴り始めて、ポカポカと心が火照り出した。


この気持ちの名前って何て言うんだろう?


もう聞かなくてもわかる気がするけど。

「悠ってあたしの名前知ってる?」

「………。」

「前に自己紹介したよ!?」

そんな気はしていたからそこはそんなにショック受けてはないけど、覚えててくれたらいいなーって期待はしてた。

わかってるけど、これから覚えてもらえたらいいもん。

何度でも自己紹介するから、いいんだ。

大丈夫、凹んでない。

「深海魚エリアってこっちで合ってる?」

気を取り直して水族館楽しもう!

制服のポケットからマップを取り出して、順路を確認しようと思った。それっぽい水槽見えて来ないなぁって思いながら。

「そっちじゃない、小夏」

「え…?」

マップから悠の方に視線を変える。


今、名前…

あたしの名前…


「覚えててくれたの!?」

「そーゆう名前だろ」

一切表情を変えず、一言そう言うだけで深海魚エリアの方へと歩き始めた。

「……。」

あたしはそれどころじゃなんですけど。


だって、やばい。

すっごくやばい。

顔が熱いどころじゃない。

心臓がきゅっとなって動けない。


何この気持ち…

初めてだけど、わかってる。


知らないなんて思えない。



あたし、悠のことが好き。