昼過ぎに重たい頭を無理やり起こして手だけで携帯電話を探してみる。

うーん、、、。

あっそうか。
ここは自分の部屋じゃないんだ。

携帯電話はここには持って来ていないみたいだ。


覚えてない。

「うー、頭が痛い。」

呟きながら起き上がる。


お母さんは家にはもういなかった。

仕事に行ったんだ。

さすがだ。


お母さんのタフさは本当に見習わなくてはならない。
私にはなかなか真似できそうにもないけど。



寝室に残るお母さんの匂い。
くんくんと嗅ぐ。

そして、安心する。

私は大丈夫。だと。

胸に手を当てて自分を鼓舞する。


ヨイショと立ち上がり、ベッドメイクを簡単にしてからペタペタと歩いてリビングに向かう。

スリッパも履いていなかった。

素足にフローリングの床の感触。
冷たい。

昨日髪の毛を洗って慌てて乾かしたから、すごい寝癖がついているようだ。


髪の毛を短くしてからこの寝癖には随分と悩まされていた。

伸ばしながら丁寧に乾かさないとパーマをかけているみたいにクリンクリンに巻いてしまうのだ。

もう少し長くなれば結べるのにな。

まだちょっと長さが足りない。

試しに片手で髪の毛を握ってみるけど、横からパラパラと前の方に落ちてくる。

これからは伸ばしても生活に支障がないかもしれないな。


今までストーカーに遭うのが匂いのせいだなんて知らなかったから、なんとなく女の子らしく見える髪型から遠ざかっていた。

だけどこれからは自分の自由におしゃれも楽しめるかもしれない。


髪の毛を撫で付けた。

それよりも洗面所に行く前に電話をしなければ。


それが気掛かりだった。



 リビングのダイニングチェアに苺花のバッグが置いてあった。

多分お母さんが拾って置いておいてくれたんだと思う。


ダイニングテーブルには珍しく朝ごはんが用意してあった。

時間ないのに準備したくれたんだ。


心がほっこりする。

普段料理はほとんど苺花がしていたから、お母さんの手料理久しぶりだなーって少し感動する。


サラダとハムエッグとウインナー。


料理が得意ではないお母さんの唯一ちゃんと出来るメニューだった。

ふふふ。

と声に出して笑ってからバッグの中から携帯電話を取り出す。



この時間、、、。
電話をかけても大丈夫かな。


携帯電話を耳にあてる。

数回呼び出し音が鳴っている。



「もしもし!!苺花??大丈夫??」

電話に出たのは詩だった。


ああ、詩の声だ。


そう思ったら何も返事ができずにただポロポロと涙が溢れた。

電話口で泣くことしかできなかった。


「苺花今お家だよね?

 すぐに行くから。」

詩の声は本当に安心する。


帰ってきてから1番に連絡したかったのは詩だった。


詩の声が聞きたい。

詩に会いたい。


けれど帰ってきた時の明け方の時間に連絡をすることは、流石に躊躇われたのだった。


家に帰ってきていることを何とか伝える。

「うん!分かった!」

と返事があり電話が切れる。


今日は大学で授業が午後まである日だったはず。

それでも詩は電話の後すぐに駆けつけてきてくれた。



詩にとっても勝手知ったる我が家という感じの咲園家。

インターフォンの後オートロックを解除したらすぐに上がってきて、苺花がいるリビングまで入ってきた。


「苺花ー。会いたかった。

すごく久しぶり。」

そう言って抱きしめてくれる。


詩の匂い。

優しいお姉さんの匂い。

また安心して涙が溢れてくる。


「私も会いたかった、、、。」

そう言ってしばらく涙が止まらなかった。


苺花が泣いてる間、うんうんと頷いて待っててくれた。




 詩の腕の中で小さな苺花が泣いている。

苺花を抱きしめながら、詩は思い出していた。


小さい頃から私たちの体格差は変わらない。

同じ歳なのにものすごく守ってあげたい存在だった。


可愛い苺花。 


生意気な弟の千隼よりも身近で大切な存在。



小さい頃からなんとなく他人との間に感じてきた壁があった。

遠巻きにされる感じが嫌で、自分から他人に対してわざとずっと距離をとって生きてきたし、側に苺花さえいてくれれば良かったのだ。


苺花だけ。

苺花だけは自分のもの。

絶対に手放さない。

苺花が側にいてくれることでどれだけ救われたか分からない。



どこにいても苺花の居場所がわかるように、携帯電話上でお互い位置情報の共有もしてきた。

自分がバイトを始めた時に1番に心配だったのは苺花のことだったので、バイト中無事に帰宅した苺花のアイコンをアプリ上で確認しては毎回ホッとしていた。


また、苺花につきまといストーカーしていた男たちをことごとく突き止めてあらゆる方法で撃退してきたのだった。

そう、あらゆる方法で。

千隼と一緒になって個人を特定して、会いに行って脅しまがいのこともしたっけ。


進学校に通ってたあの眼鏡の高校生。

頭も良さそうだったし、背も高くて顔もカッコよかったけど。

詩はなんとなく気に入らなかった。

あの子が1番しつこかったな。

彼が苺花に今後近づかない様に用意周到に罠に嵌めたんだっけ、、、。

今どうしてるのかも分からない。

全然見かけなくなったから、もしかしたら学校も辞めちゃったかもね。


このことは苺花は何も知らないのだ。


これからも知らなくていいと思っている。


苺花には言えない秘密の話。


苺花に1番執着しているのは自分なのだととっくに気がついていた。



それは苺花に、好きな人ができても変わらない。

自分に彼氏が出来たとしても変わらない。

異性ではなく同性である自分の方が苺花の側にはいつでもふさわしいと自認していた。

友達だったら一生側にいられるもの。

やっと自分の手元に苺花が戻ってきたようで、心の底から詩は安堵していた。

もしかしたら、苺花がティンに強引に攫われちゃうかもしれないってずっと不安だったから。

誰が相手でもきっとお願いされたら、苺花は優しいからその人について行ってしまうだろうな、、、ってずっと思ってた。


自分のものでは無いと分かっているのに。

この気持ちは誤魔化しようがなかったのだ。



「ティンにさよならしてきたの。

彼には彼の世界がある。

私も自分の場所に戻らないといけないから。」

話を聞きながら、またうんうんとうなづく詩。


それでこそ苺花だと思った。

自分のことよりも他の人のこといつも1番に考えているものね。


詩の瞳も涙で濡れていた。


これでまたいつもの苺花に戻るね。

元通りになるの。


、、、やっぱり苺花の側にいたい。



詩の心の中にもずっと仄暗い欲望の炎が小さく揺れている。

その炎は細く長く。

これからもきっと絶えることはないの。



可愛い可愛い苺花。

ずっと私の腕の中。


苺花から微かに放たれた甘い匂い。

それに囚われた詩。

うっとりとした表情を浮かべて、その匂いを胸いっぱいに吸い込んでいた。


これからも何があっても、苺花の隣に
いるからね。


そう固く誓った。