そこは都内の駅前にそびえ立つツインタワーのマンション。

てっぺんは空に飲み込まれそうなくらい高い。

ここって億ションってやつだよね。

下から見上げて苺花は驚く。


住む世界がまるで違う。

私なんかが入って良いのかしら。


気後れしながらも、マンションのエントランスに入り、受付のコンシェルジュに話すと電話をかけて確認してくれる。

確認が取れて、すぐに案内される。

最上階のボタンを押してコンシェルジュにお辞儀をする。

向こうも和やかな笑顔でお辞儀を返してくれる。


その内ドアが閉じる。

静かにエレベーターが、上に上がっていく。


ドキドキする。

初めてのことだらけでとても緊張する。

ヨルさんの為とはいえ、あのティンに再び会って私は大丈夫なのかな。

あの時のティンの瞳。
見つめられて金縛りにあったみたいだった。

ティンのされるがまま。

思い出すだけでものすごい衝撃だった。
力も強かったし、、、。




今更ながら不安になってきた。

シンプルな淡い色のロングワンピースを着た苺花は、両手を胸に当てて少し荒くなった息を吐く。


エレベーター内の鏡に姿を写して、おかしなところはないかしら、と確認する。


到着の音を鳴らしてエレベーターのドアが開く。

ドアの前ではヨルさんが待っていてくれた。


「よく来てくれたね。

苺花、おいで。」

ごく自然な流れで手を取られ奥に案内される。


ヨルさんの顔を見て少しホッとする。

自然と笑顔になる。


エレベーターの前はすぐ玄関ドアになっていた。

ワンフロアこの部屋だけのようだ。

床にはピカピカの大理石が敷き詰められている。


重厚感のある玄関ドアを開けると、ふかふかの絨毯が敷かれた長い廊下が見える。

その手前で靴を脱ぎスリッパを履いて奥に進む。

スリッパが苦手な苺花はちょこちょこ歩きになる。

そんな苺花の歩きにヨルさんは歩調を合わせてくれる。

それも自然に。


広い廊下には、左右沢山の扉が並んでいた。


一番奥まで行き、大きな開き戸を開けるとすごく明るくて広いリビングになっていた。


中央に革張りのソファセットがあり、
そこにティンが腰掛けていてこちらを向いていた。


長い足をゆったりと組んで。

その腕に手を組んで載せている。


今日は上下白っぽいスウェットを着ていた。

ラフな格好をしていてもオーラがあるというのか、輝いて見えた。


輝きが眩しくて苺花は瞳をつぶる。

ぎゅっと目をつぶった童顔の苺花の顔がさらに幼く見える。


そんな苺花の様子が面白いのかティンが声を出して笑う。


「、、、会いたかった。」


日本語で素直な言葉が漏れ出た。


ヨルさんはその言葉に驚いていた。

他人にほとんど興味を示さないティンが、こんなふうに声を出して笑ったり、素直に口に出すことが信じられなかったからだ。


「こっちに来て。

無理に触れたりしないから。

この前久しぶりにヨル兄さんに、叱られたんだよ。

俺のこと叱るのはヨル兄さんだけなんだ。」


明るい口調でとても嬉しそうだった。

流暢な日本語。穏やかな話し方。


この前のような威圧的な雰囲気は感じられず、苺花もホッと胸を撫で下ろす。

瞳も澄んでいて、柔らかい光が宿ってる。

辺りがキラキラと星が輝いているようで、見間違いなのかと思って二度三度と瞬きする。


この前と同じ人だよね??

優しそうな感じがする。


そして、その言葉からヨルさんのことを信用していて、とても好きなんだということも伝わってきた。


ヨルさんを好きなもの同士。


二人の共通点が見つかった気がして、苺花は自分の緊張を少しだけ解いた。


ヨルさんに促されてティンの向かい側のソファに腰掛ける。


ヨルさんが紅茶を淹れてくれる。

リビングからダイニング、キッチンまで大きな空間で繋がっている。

ぐるりと見渡すと生活に必要な調度品は、どれも高級品で揃えられているようだった。


ティンは日本滞在中このマンションで過ごすと言うことだった。


芸能人のプライベートに足を踏み入れてる。

そう考えるとまた緊張しそうになる。

「ありがとうございます。

いただきます。」

ヨルさんが淹れてくれた紅茶はとても良い香りがする。

ひと口含む。

喉がすごく渇いていたことが気がついた。

やっぱりものすごく緊張していたんだ。

紅茶の香りが身体にしみわたるようだった。


紅茶をいただきながら、ティンとヨルさんの会話を静かに聞く。


二人で話す時は韓国語なんだな。
当たり前か。


聞き取れるところだけなんとなく聞いている。

二人ともとてもリラックスしている様子で笑顔も自然だ。

お互いに相手を気遣って大切にしていることも分かる。



美しい2人の男性の佇まい。

リビングの大きな窓から差し込む光がキラキラと2人を包んでいるように見えた。

神々しい。

眼福とはこのことかしら。

まるでおばあちゃんにでもなったかのように目を細めて、そんな2人を見守っていた。


「それでね、この前苺花に会った瞬間にすぐに良い香りだって気がついたんだよ。

衝撃だった、、、。

目の前で火花が散ったみたいだったよ。

ヨル兄さんが俺に会わせたいって言っていた子だって分かった。

だけどね、近づいたらヨル兄さんの匂いがついてたから焦っちゃったんだよね。

なんで?って。

2人はどういう関係なの?

って苺花に詰め寄っちゃった。

本当にどうかしてた。

ごめんね。」


2人を眺めながらぼーっとしていた苺花だったが、日本語で話し出したティンの話が耳に入ってきて現実に引き戻される。


呼び捨てにされていることにも驚いていた。


またこの話!!
匂いってなんのことなの??


「あっあの。私もずっと聞きたかったんです。

匂いってなんのことなのか。

私の匂いってなに?

ヨルさんの匂いがついているってどういうことなのか。

教えて欲しくて。」

テーブルに手をついて身体を乗り出す。

あまりの勢いに押されてヨルさんが後ずさるようにソファの背もたれに背中をつける。


「えーーーと。


どこから説明しようか。

詩ちゃんから少し聞いた?

苺花からはすごく甘くて良い匂いがするってこと。」

話を聞きながらうんうんと苺花がうなづく。

「たまにそういう良い匂いがする人がいてね、その匂いが他人を惹きつけちゃうんだよね。

僕は今までそういう人に直接会ったことがなかったから、一番最初に苺花に会った時本当に驚いたんだよ。


、、、実はね、僕もそうなんだよ。

他人を惹きつける匂いがすることは芸能人に向いてるってマネージャーには言われたんだけど。

色んな人がいるから。

その匂いに惹かれて応援してくれるだけでなく、過激な行動に出る人も中にはいるし、それこそストーカーになってしまったり。

だから、自分でその匂いをコントロールする訓練を受けたんだ。

苺花はそれが出来ていなかったからとても危険だと感じたんだ。

事あるごとに苺花に触れて苺花の匂いに自分の匂いをかぶせる事で相殺していたんだ。

、、、勝手にごめんね。」

ヨルさんの説明に驚く。


私の匂いが他人を惹きつけてしまう?

まさか、それが原因で
ストーカーに合っていたのかな?

過去を振り返って納得する。


詩も言っていた通りだった。

私が知らない間に放つ匂い。


「じゃ、じゃあ。

私、知らないうちにヨルさんに守ってもらっていたのですね。」

バイトを始めてから男の人の視線に怯えずに過ごせてこれたのはヨルさんのおかげだったのだ。

そのことに気がついて自然と涙が滲む。

そのまま力が抜けてソファにすとんと座る。


「いつか話そうと思っていたんだけど、なかなかきっかけが掴めなくてね。

匂いの話なんかしたら、女の子びっくりさせちゃうものね。」

ヨルさんが照れたように笑う。


「苺花に、初めて会ったからずっとティンに会わせたかった。

けど、韓国と日本で離れているから、それは実現しない夢かと思っていたんだ。

そしたら今回の来日が重なったか、タイミングの良さに僕も驚いたんだよ。

ティンにも詳しくは話してなかったんだ。

ただ、紹介したい子がいるんだけど、って言ったんだ。」



ティンの為だけ、

だと思ってすごくひっかかるものを感じていた苺花だったが、知らない内にヨルさんに自分も守ってもらってきたことも分かって感謝の気持ちが湧いてくる。


私のこともちゃんと考えてくれていた!


ヨルさんの心の片隅に私という存在が刻まれてる

ということに喜ぶ。

ティンもヨルさんの話に納得したようだった。


「そういうことだったのか。

苺花はヨル兄さんの彼女じゃなかったのか!

そうかそうか。

よかった!」

とびきりの笑顔。
早口の韓国語でヨルさんに話す。


早口すぎて苺花には聞き取れなかった。


ここにいるティンの表情はとても明るく、声も弾んでいた。

ただの同じ歳の男の子という感じがする。


ヨルさんの言う気難しくて繊細で、人を信用しないという感じがしなかった。

また、テレビで見る無表情で儚げで消えてしまいそうな様子も思い出す。


また本当に同じ人なのかな?

と思うくらい全くの別人のようだった。

「とにかくこれからも苺花に会いたい。」

ちょっと熱のこもった瞳で見つめられる。

苺花は戸惑いつつもその希望を受け入れることにしたのだった。