春色の恋−カナコ−[完]

昨日初めて会ったのに、会社にまで電話をしてくるなんて。

私の名前どころか、勤め先まで知っていた。

今朝、一人で出歩かないと約束したことを思い出し、とても怖くて涙が止まらなかった。

「…もうすぐお昼休みが終わるから、こっちへおいで」

私の背中を押してあいている会議室へ来ると、扉の前のプレートを「使用中」に変えた岡本部長は、私を中に入れて椅子に座らせる。

「少し待ってて」

そのまますぐに出て行ってしまい、一人残された会議室で必死に涙を拭いているとすぐに岡本部長が戻ってきた。

「ここに置いておくよ。しばらく休憩していて。少し書類を片付けてくるから、終わったら話そう」

にっこり笑って、テーブルに出しっぱなしになっていた私のお弁当などを片付けてくれた岡本部長は、そのまま会議室を出て行ってしまった。

壁にかかっている時計を見るとお昼休みがちょうど終わった時間で。

残っていたお茶を一口飲み、大きく息を吸い込んだ。

大丈夫、いくらなんでも会社の仲間では入ってこないはず。

佐藤さんだって、お仕事があるだろうし。

ポーチを取り出して慌てて化粧を直す。

鏡の中の私は、目が腫れていて泣いたのがすぐにわかってしまうけど。

でも、仕方ないか。

冷やすものも持っていないし、もう一度お茶を飲んで気持ちを落ち着かせた。