選ばれし者 2

「宝次郎さん、うち、を選んで下さい。その前に本当に年貢米を三年間納めず二十両と米が貰えるんですか」
「お~良く決心してくれた。大丈夫だ。約束する。じゃけん父ちゃんや家族は良いと言ったのか?」
「うん大丈夫、そんでうちは何をすればいいんだ」
「それは占い師様と相談して決める。今日は帰って家族を安心させてやれ。これは俺の気持ちだ。一年分の米とは別に、ほら米を持っていけ。これで今日はみんなで美味い飯でも食い」
「ありがとうございます。最後にもう一度、本当にお金と米を貰えるのですね」
「疑い深いな、分かった分かった。では約束の金と米をも持って行くがよい」
イネはホッとした。これで死んでも本望だ。家族が幸せになれる。イネは金と米を貰って一目散に我が家に向かった。一年分の米は今持ち帰れないので後で届けてくれるそうだ。米の飯を食べられるなんて二年ぶりだ。みんなの喜ぶ顔が浮かぶ。喜び勇んで帰ったイネだが、家族は申し訳なくて喜ぶよりも泣いてしまった。その晩は久しぶりの白いご飯に喜びと悲しみが入り混じっていた。
 そして三日後、イネは一人で来いと宝次郎に呼び出された。いよいよ人身御供の儀式が始まる。だがイネ以外誰も来てはならんとお触れがあった。

 一人で来いと言われたイネだが家族は心配でならない。そっと二人の兄はイネの後をつけた。だが暫く行くと何人も見張りが立っていて近づく事が出来なかった。もはやイネの幸運を祈るしかすべない。二人はその場にしゃがみ込みイネの無事を祈った。
 そろそろ陽が暮れる頃、宝次郎と占い師とイネは宇治川の橋の袂(たもと)に向かった。
 イネも覚悟は出来ている。自分は此処で死ぬんだ。でもいい、村で選ばれた者として村の為、家族の為に死ぬるなら幸せだ。自分が人柱となって死んで災害が無くなればイネという娘のお蔭で、村が救われたと名前が残るかも知れない。名誉な事ではないか。
「イネ、この白い衣装に着替えろ。そしてこの数珠を胸から掛けるんだ」
 いよいよ儀式が始まる。占い師は棒に白い紙が沢山巻き付いた玉串を手に持って、祈祷を始めた。イネは白装束に着替え橋の袂に向かう。人が一人入る程度の箱に入るように即された。イネはドキドキしながらも箱の中に入る。この後どうなるか心配だった。もしかしたら上流から塞き止めてあった水が一気に流れ川の濁流に呑まれるのだろうか。イネは目を閉じた。もう間もなく川の底に沈んで行くのだろう。

つづく