あれっ?
 ん?
 えっ?
 おっ?

 人ってキャパを超えると声も出ないし頭も回らないことを知る。

 扉を開けてまっすく進んで教室に入って来たのは遠藤くんだった。
 僕は金縛りにあったように動けず、遠藤くんが自分の席に向かうのを目で追うしかなかった。

 小柄な遠藤くんは少しサイズの大きな夏服の白シャツを着ていた。僕の後ろを通り過ぎた時、背中に冷たい電流が通ったように僕の身体は反応する。

 遠藤くんは僕に目もくれず自分の席に座った。

 ごくごくいつもの遠藤くんだった。
 顔色は悪いけど、僕が思い込んでいる幽霊の定番である半透明な感じもなく。普通に遠藤くんだった。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 坂井に思いっきり右腕をつかまれて、僕はやっと我に返って金縛りから解ける。反動的に立ち上がり、自分の椅子を倒して教室の後ろに逃げるように背中を密着させると、坂井も叫びながら僕の隣にくっついた。メントスの香りが現実感を帯びる。

 そのタイミングで教室はパニックになった。
 みんな遠藤くんを見て叫び、泣き、廊下に逃げるものもいて。蜘蛛の子を散らすように席を立ち遠藤くんを見ている。

 ただ北沢だけが、なぜかそのまま遠藤くんの斜め前の席から立ち上がらず、自分の席から近距離で希少生物を見るようなまなざしで遠藤くんを見つめていた。

「ゆっ……ゆいなー」
「結奈。こっち……」
 泣きながら北沢の友達が北沢に近づき、無理やり席から離させて超ダッシュで黒板の端に連れ込んで北沢に抱きついて泣いていた。