「マダム、私は実はこういう者なんですが」
亀田は名刺を渡した。
「県警公認私立探偵……」
「公認は余計です。この職業は法的に届ける義務があるだけで」
まだ五十路前のマダムは隣に腰を下ろした。
「マダム、秘密は守ります。本当のことを話して頂けませんか」
「本当のことと仰有いますと?」
「私もあちこち調査してきたんです。その結果此処に辿り着いた訳でして。実はもう判っているんです」
「何でしょう」
「率直に申し上げましょう。…青竜高校の生徒、新城武彦は養子でした。実の両親は別にいる訳です。調査の結果、貴方が実の母親と判りました」
「……」
「云いたくないのは当然です。しかし殺人事件の調査中なんです。話しては頂けませんか」
「話して、どうなさるお積もり?」
「事件の極めて有益な情報になります。これで或いは、犯人が判明するかもしれません」
「貴方が知って、わたくしに不利益はありますか」
「全くありません。で、新城武彦君の実の父親は何方なんですか?」
マダムは水割りをあおった。
「誠に失礼ながら、当時貴方は娼婦でしたね。その所為ですか、武彦君は隠し子になられた。不幸な話です。心中お察し致します」
「あの子は元気?」
「ええ」
「実の父親は……」
白昼堂々だった。予め亀田は張り込みをして、邸宅が留守であることを確かめておいた。裏口に回り、七つ道具を取り出した。道具を鍵穴に差し入れると、解錠した。内部に侵入して、洗面所を探した。
子供部屋の前を通りかかった。現在は既に居ない少女のことを想い、ドアを開いた。如何にも女の子らしい調度品の部屋だった。予想した通り、生前其の儘に保存されていた。亀田はドアを閉めた。
求める洗面所の前に着いた。
捜し物は実際何でも良かった。歯ブラシでもヘアブラシでも。大型の鏡の前の薬棚に、求めるものを発見した。
一本の男性用らしいヘアブラシ。匂いを嗅ぐと、ヘアトニックの香りがした。この邸宅には、他に男性は居ない。
それを慎重にビニール袋に収めると、再び裏口へ向かった。
再度、特殊道具で施錠しておいた。
青竜高校の表門は車は侵入禁止で、裏門に回った。薬師の一角にあるこの学校は、余り広いグラウンドがなかった。芝生で覆われた運動場では、野球部もサッカー部も、同一の場所で練習しているらしかった。実際如何に区画整理されているか、見当もつかない。簡素な裏門から乗り入れ、来客用と思しい駐車場に停車した。
徒歩で校舎迄はしかし、かなりの距離だった。青芝の校庭の土は靴に柔らかい。まるで未知の場所なのだが、案内を請うまでもなく、中央の校舎は判った。
亀田は事務室を訪れた。事務員に名刺を差し出した。
「予め約束を取っておいた、亀田という者です」
「はい、伺っております。どうぞ、階段を三階迄お上がりください」
「有難うございます」
矢張り案内人は不要とのことだった。
彼は多少息を切らして、階段を上った。
三階迄来ると、眼前に厳めしい校長室があった。亀田はドアの前で、深呼吸した。
ドアをノックした。
「誰かね」
「予約を頂いていた、私立探偵です」
「入りたまえ」
亀田は重いドアを開いた。
校長の大倉利三は教育者と云うより、大会社のCEOといった面持ちだった。
亀田は会釈した。
「其処に座りたまえ」
「承知しました」
「で、……」大倉校長は高級煙草にジッポで火をつけた。「探偵が私に何の用かな」
「いえ、実は例の殺人事件の調査を依頼されまして」
「警察には全て話した」
「ええ、こんな大事件の調査など、私如きには荷が重いのですが。一応、校長にもお話を伺っておきたいので」
校長は紫煙を吐いた。
「依頼人は誰かね」
「それは云えません、残念ながら」
「まあ、良かろう。で、何を訊きたい?」
亀田は校長の双の瞳を凝視した。
「生徒の新城武彦君についてです」
校長は表情を動かさない。
「知らんな。生徒を一人一人記憶している訳でもない」
「そうですか」
「ああ」
「校長、私はスナックラヴラヴのマダムに会って来たんです」
校長は鋭く睨んだ。
「貴様、ゆすりか?」
亀田は首を振った。
「その問いは、既に認められている訳ですね」
「何を云う?」
「新城武彦は調べてみると養子でした。実の母親はラヴラヴのマダムと判明しましたが、父親はどうしても判らなかった。が、マダムの口から直接伺ってきました」
「……」
「武彦は貴方の隠し子ですね」
大倉は咳き込んだ。
「だったら、どうだと云うんだ」
「大問題です。武彦は降霊会を催して、其処で故意に硬貨を動かして、女生徒達をパニックに陥れた疑いがあります」
「降霊会だと。子供の戯れ言だ。唯、女生徒達を怖がらせただけじゃないのか」
「いいえ、それだけではないんです。……今回の事件の犠牲者、霊媒師、大江仙造氏の殺害動機は、彼の霊視が真実を伝えてしまった点にあります。その霊視を知り得た者の裡に、武彦も入っているのです」
「霊視が殺害動機?君は何を云ってる」
「私も信じがたいが、事実なんです」
「何処がだ」
「大江さんは、一連の殺人事件の動機として憎悪による復讐を挙げ、白いベッドと少女を霊視した。思い当たる節はありませんか?」
大倉は沈黙した。
「貴方の独り娘、京子さんは今年、白血病で苦しみながら亡くなられた。幸せな高校生活を過ごすことも出来ずに」
「それはその通りだが、事件と何の関係がある」
「ありますよ」
「あり得ない」
「最後の犠牲者、山本令子は、犯人の覆面を剥ぎ取った。彼女は犯人の顔を見たんです。そして路面に血文字を残した」
「何だと」
「彼女は、H Tと書いて亡くなった。このダイイングメッセージの意味は、勿論、イニシャルではない。Head Teacher。校長、貴方を指しています」
大倉は初めて表情を動かした。
「空論に過ぎん」
「いいえ、空論じゃありません。貴方は気付かなかったが、彼女は犯人の覆面を剥いだ時、貴方の顔の皮膚を少量、爪に残した」
「……」
「一つ謝罪します。先日私は貴方の邸宅に不法侵入した。訴えてくださって結構です」
「一体何をした?」
「貴方のヘアブラシを盗んだ」
「貴様!」
「もうお判りでしょう。DNA鑑定の結果、被害者の爪の皮膚と、貴方のヘアブラシの付着物は一致した。これが空論ですか」
大倉は咳き込んだ。
「いや、私にはアリバイがある」
「その通り、貴方がシンポジウムで講演中に、須藤恵子は殺害された。その件では貴方は確固たるアリバイがあります」
「その通りだ」
「しかしDNAは動かせない証拠だ。ではあれはコピーキャットだったのか。いいえ、この殺人だけが白昼に行われている。それは何故か?」
「……」
「この替え玉は、夜間動くことの困難な人物なのか。私はこう考えました。この犯人は、親権者の保護監視下にある未成年者ではないかと」
「貴様なんかに、病気の娘を持つ親の気持ちが判るか」
「替え玉は、新城武彦ですね」
暫し沈黙が支配した。
「武彦にはその時間のアリバイがない。彼は同級生の奈津美さんをデートに誘っていた。承諾を得られる筈のない誘いでした。ちゃちなアリバイ作りですね。彼もまた血の繋がった京子さんの復讐に関与したかったのでしょう」
「いい気になるな。白血病の娘の復讐のために吸血鬼になるなど、裁判では嘲笑されるだけだ」
「いいえ、DNA鑑定は歓迎するでしょう」
「貴様!」
「もういい。貴方に逮捕状が出ています」
その時、ドアが開き、安田警部補と新村刑事が入ってきた。
亀田は名刺を渡した。
「県警公認私立探偵……」
「公認は余計です。この職業は法的に届ける義務があるだけで」
まだ五十路前のマダムは隣に腰を下ろした。
「マダム、秘密は守ります。本当のことを話して頂けませんか」
「本当のことと仰有いますと?」
「私もあちこち調査してきたんです。その結果此処に辿り着いた訳でして。実はもう判っているんです」
「何でしょう」
「率直に申し上げましょう。…青竜高校の生徒、新城武彦は養子でした。実の両親は別にいる訳です。調査の結果、貴方が実の母親と判りました」
「……」
「云いたくないのは当然です。しかし殺人事件の調査中なんです。話しては頂けませんか」
「話して、どうなさるお積もり?」
「事件の極めて有益な情報になります。これで或いは、犯人が判明するかもしれません」
「貴方が知って、わたくしに不利益はありますか」
「全くありません。で、新城武彦君の実の父親は何方なんですか?」
マダムは水割りをあおった。
「誠に失礼ながら、当時貴方は娼婦でしたね。その所為ですか、武彦君は隠し子になられた。不幸な話です。心中お察し致します」
「あの子は元気?」
「ええ」
「実の父親は……」
白昼堂々だった。予め亀田は張り込みをして、邸宅が留守であることを確かめておいた。裏口に回り、七つ道具を取り出した。道具を鍵穴に差し入れると、解錠した。内部に侵入して、洗面所を探した。
子供部屋の前を通りかかった。現在は既に居ない少女のことを想い、ドアを開いた。如何にも女の子らしい調度品の部屋だった。予想した通り、生前其の儘に保存されていた。亀田はドアを閉めた。
求める洗面所の前に着いた。
捜し物は実際何でも良かった。歯ブラシでもヘアブラシでも。大型の鏡の前の薬棚に、求めるものを発見した。
一本の男性用らしいヘアブラシ。匂いを嗅ぐと、ヘアトニックの香りがした。この邸宅には、他に男性は居ない。
それを慎重にビニール袋に収めると、再び裏口へ向かった。
再度、特殊道具で施錠しておいた。
青竜高校の表門は車は侵入禁止で、裏門に回った。薬師の一角にあるこの学校は、余り広いグラウンドがなかった。芝生で覆われた運動場では、野球部もサッカー部も、同一の場所で練習しているらしかった。実際如何に区画整理されているか、見当もつかない。簡素な裏門から乗り入れ、来客用と思しい駐車場に停車した。
徒歩で校舎迄はしかし、かなりの距離だった。青芝の校庭の土は靴に柔らかい。まるで未知の場所なのだが、案内を請うまでもなく、中央の校舎は判った。
亀田は事務室を訪れた。事務員に名刺を差し出した。
「予め約束を取っておいた、亀田という者です」
「はい、伺っております。どうぞ、階段を三階迄お上がりください」
「有難うございます」
矢張り案内人は不要とのことだった。
彼は多少息を切らして、階段を上った。
三階迄来ると、眼前に厳めしい校長室があった。亀田はドアの前で、深呼吸した。
ドアをノックした。
「誰かね」
「予約を頂いていた、私立探偵です」
「入りたまえ」
亀田は重いドアを開いた。
校長の大倉利三は教育者と云うより、大会社のCEOといった面持ちだった。
亀田は会釈した。
「其処に座りたまえ」
「承知しました」
「で、……」大倉校長は高級煙草にジッポで火をつけた。「探偵が私に何の用かな」
「いえ、実は例の殺人事件の調査を依頼されまして」
「警察には全て話した」
「ええ、こんな大事件の調査など、私如きには荷が重いのですが。一応、校長にもお話を伺っておきたいので」
校長は紫煙を吐いた。
「依頼人は誰かね」
「それは云えません、残念ながら」
「まあ、良かろう。で、何を訊きたい?」
亀田は校長の双の瞳を凝視した。
「生徒の新城武彦君についてです」
校長は表情を動かさない。
「知らんな。生徒を一人一人記憶している訳でもない」
「そうですか」
「ああ」
「校長、私はスナックラヴラヴのマダムに会って来たんです」
校長は鋭く睨んだ。
「貴様、ゆすりか?」
亀田は首を振った。
「その問いは、既に認められている訳ですね」
「何を云う?」
「新城武彦は調べてみると養子でした。実の母親はラヴラヴのマダムと判明しましたが、父親はどうしても判らなかった。が、マダムの口から直接伺ってきました」
「……」
「武彦は貴方の隠し子ですね」
大倉は咳き込んだ。
「だったら、どうだと云うんだ」
「大問題です。武彦は降霊会を催して、其処で故意に硬貨を動かして、女生徒達をパニックに陥れた疑いがあります」
「降霊会だと。子供の戯れ言だ。唯、女生徒達を怖がらせただけじゃないのか」
「いいえ、それだけではないんです。……今回の事件の犠牲者、霊媒師、大江仙造氏の殺害動機は、彼の霊視が真実を伝えてしまった点にあります。その霊視を知り得た者の裡に、武彦も入っているのです」
「霊視が殺害動機?君は何を云ってる」
「私も信じがたいが、事実なんです」
「何処がだ」
「大江さんは、一連の殺人事件の動機として憎悪による復讐を挙げ、白いベッドと少女を霊視した。思い当たる節はありませんか?」
大倉は沈黙した。
「貴方の独り娘、京子さんは今年、白血病で苦しみながら亡くなられた。幸せな高校生活を過ごすことも出来ずに」
「それはその通りだが、事件と何の関係がある」
「ありますよ」
「あり得ない」
「最後の犠牲者、山本令子は、犯人の覆面を剥ぎ取った。彼女は犯人の顔を見たんです。そして路面に血文字を残した」
「何だと」
「彼女は、H Tと書いて亡くなった。このダイイングメッセージの意味は、勿論、イニシャルではない。Head Teacher。校長、貴方を指しています」
大倉は初めて表情を動かした。
「空論に過ぎん」
「いいえ、空論じゃありません。貴方は気付かなかったが、彼女は犯人の覆面を剥いだ時、貴方の顔の皮膚を少量、爪に残した」
「……」
「一つ謝罪します。先日私は貴方の邸宅に不法侵入した。訴えてくださって結構です」
「一体何をした?」
「貴方のヘアブラシを盗んだ」
「貴様!」
「もうお判りでしょう。DNA鑑定の結果、被害者の爪の皮膚と、貴方のヘアブラシの付着物は一致した。これが空論ですか」
大倉は咳き込んだ。
「いや、私にはアリバイがある」
「その通り、貴方がシンポジウムで講演中に、須藤恵子は殺害された。その件では貴方は確固たるアリバイがあります」
「その通りだ」
「しかしDNAは動かせない証拠だ。ではあれはコピーキャットだったのか。いいえ、この殺人だけが白昼に行われている。それは何故か?」
「……」
「この替え玉は、夜間動くことの困難な人物なのか。私はこう考えました。この犯人は、親権者の保護監視下にある未成年者ではないかと」
「貴様なんかに、病気の娘を持つ親の気持ちが判るか」
「替え玉は、新城武彦ですね」
暫し沈黙が支配した。
「武彦にはその時間のアリバイがない。彼は同級生の奈津美さんをデートに誘っていた。承諾を得られる筈のない誘いでした。ちゃちなアリバイ作りですね。彼もまた血の繋がった京子さんの復讐に関与したかったのでしょう」
「いい気になるな。白血病の娘の復讐のために吸血鬼になるなど、裁判では嘲笑されるだけだ」
「いいえ、DNA鑑定は歓迎するでしょう」
「貴様!」
「もういい。貴方に逮捕状が出ています」
その時、ドアが開き、安田警部補と新村刑事が入ってきた。

