「チェントはまだ初陣をこなしたばかりです。そのような重大な役目を受けられる状態ではありません!」

 彼は、あの場で必死にそう訴えていた。

「何をそんなに恐れる必要がある? あの谷での戦いを思えば、ヴィレント・クローティス1人如きを相手にすることに、何の不安があるというのだ?」

 声を荒らげるネモに、ロイオンがそう言った。

「自信を持て。ここで武功を上げれば、ここにいる連中も認めざるを得ないだろうしな」

 その言葉を聞いても、ネモの渋い表情は崩れなかった。
 ロイオンの後押しと、最終的には私自身が、やります、と答えたことで、作戦決行が確定した。
 大隊長や他の小隊長達は、もし失敗して私達が欠けても大した戦力の損失ではない、という消極的な理由で、反対しなかったようだった。
 ネモはあの時から、経験不足な私の危うさを、ずっと心配していたのだろう。
 私達に対しての信頼が得られるなら、と私はあの時、安易に返事をしてしまっていた。
 ネモの気持ちも考えないで。
 俯いている私に、今度はネモの方が肩に手を置いた。

「作戦が決まった以上、敵前逃亡すれば魔王領にはいられなくなる。もう腹を括るしかないぞ、チェント」

 いつもの訓練の時と同じ、厳しい口調で、ネモが言った。
 今は優しい声で言われるより、気が引き締まる。
 私は大きく頷いた。
 彼のその一言で、気付けば手の震えも止まっていた。
 ネモは、今回の私の決断を責めなかった。
 ならば私も、それに応えなければならない。
 私達に与えられた作戦は、ごく単純なものだ。
 斥候から兄の場所を伝え聞いたら、小部隊を率いて交戦、彼らを敗走させること、である。
 砦の前に広がっている戦場は、あちこち起伏が激しく、人が身を隠せる程度の高さの丘がいくつもあった。
 兄の部隊は、いつも夜の間に移動し、こちらの主力部隊の動きを待ってから姿を現すのだという。
 私達に付いてくるのは、魔の谷で共に戦った、ロイオンの部隊だった。
 ロイオン自身は、主力部隊の方に合流しており、部下達だけを借り受けた形になる。
 彼らとは、あの戦いで一定の信頼が築けていた。
 他の兵士達では、おとなしく私達に従ってくれない可能性があったため、ロイオンが気を利かせてくれたのである。

「俺の部下達をよろしく頼むぞ」