戦いが始まる。
 訓練ではない、命の奪い合いが。
 部隊の兵士たちが、一斉に弓を構え始めた。

「お前は弓を構えるな」

 ネモが言った。

「奴らが攻撃に気づけば、ここまで駆け上ってくるはずだ。俺達は、それを先頭で迎え撃つ」

 私は頷いて、身に着けていた弓矢を外した。
 弓矢の訓練を、私は苦手としていた。
 加えて、強弓を引くような腕力があるわけでもない。
 弓を射るより、敵を迎え撃つ準備に専念しろということだろう。
 ネモの指示に異論はない。
 部隊長の合図で、味方の矢が一斉に放たれた。
 何本かが命中し、敵兵士が倒れた。

「敵兵だ! 敵襲ーっ! 敵襲ーっ!」

 ベスフル兵の大声が響いた。
 その声に、私はびくりと体を震わせる。
 いよいよ、戦いが始まったのだと私は、実感させられた。
 その大声は、あたりに他の敵兵がいれば、呼び寄せられる危険がある。
 だがこちらにも、反対の崖上を行く2部隊が援軍として現れる期待があった。

「撃てーっ!」

 こちらの部隊長の声。第2射が放たれる。
 だが敵兵の殆どは、盾を翳してそれを防ぐ。
 奇襲だった第1射と比べて、それはまるで損害を与えられていなかった。
 敵兵は思ったよりも冷静だった。
 第1射を受けて、特に混乱することもなく隊列を組んで、じっと耐えることを選んだ。
 戦い慣れしている。
 矢の数はいずれ尽きる。じきに、接近戦へ突入することは明白だった。
 そうなれば、私の出番が来る。
 手に汗が滲んだ。
 射撃がまばらになったところを見計らい、3人の兵士が盾と槍を構えて、坂を駆けあがってきた。
 来た! 来てしまった!
 一度乱戦となってしまえば、同士討ちの危険がある弓矢は使えなくなる。
 この3人を部隊の懐に入れてしまえば、戦況は一気に悪化すると言ってよい。
 駆けあがってきた3人に向かって放たれる矢も、盾で易々と弾かれた。

「いくぞ、チェント」

 ネモが肩をたたいた。
 私が止める! 迎え撃つ!
 大きく頷くと、私は覚悟を決めて、遂に飛び出した。
 部隊の正面に躍り出る。

「うおおおおおおっ!」

 だが、敵兵は止まらない。
 雄叫びを上げて突っ込んでくる。
 弓兵部隊の中央に切り込み、一気に勝負を決めるつもりのようだ。
 敵兵から見て、私は丸腰に見えたはずだ。