ベスフルの同盟国が魔王軍に降伏、従属し、連合軍となって攻めてきたというのが、実情のようだった。
 兄の方は、とっくにその事実を知っていたのだろう。
 両親の仇討ちのために、戦いに参加したというのであれば、兄の行動も説明がついた。

「王様の正式な跡継ぎは、あのお姫様しかいない、って話だけど。あの様子じゃ何の決断もできそうにないしな」

 フェアルス姫は、16歳。この時の私と1つしか違わない。
 今まで、箱入り娘同然に育てられてきたそうだ。
 砦の中での様子を思い出す。
 交戦か降伏か、指揮官たちに決断を迫られ、口ごもる彼女に兄が言った。

「ここは姫様に代わって、俺が戦いの指揮を執りましょう」

 兄はそこで身分を明かし、自身にはその権利があると主張した。
 指揮官たちは、何の証拠もないデタラメだと言った。

「この場ですぐに出せる証拠などないが……そうだな。姫様さえ認めてくださるのなら、他の方々に異論を挟む余地はないはずだろう?」

 戸惑う彼女に、兄は畳みかけた。

「もし姫様が認めてくださらないのなら仕方ない。ご自分で指揮を執るなり、降伏するなり、ご決断なさいませ」

 その言葉が決め手となり、彼女は兄にすべてを任せることを告げたのだった。
 兄はその時すでに、何の決断も下せない姫の性格を見抜いていたようだった。
 きっと今も彼女は、自分の責務から逃げたがっているに違いない。
 いっそ、兄が王位を継いでくれれば、とすら思っているかもしれない。

「兄さんは、戦いを続けるつもりなんだね」

 両親の仇を討つため、フェアルス姫の権威を利用してでも、戦い続けるつもりなのだろう。
 それからスキルドは、私と他愛のない話を続けた後、部屋に戻っていった。



 その翌日。
 朝方、部屋の扉が叩かれたのを聴き、私はスキルドの来訪を予測して戸を開けると、そこには違う姿があった。
 スキルドより、そして兄よりも大きい身長に驚く。
 その男はベスフル兵団の小隊長の1人、名前は確か、ガイといった。
 筋骨隆々とした体つきに、強面で禿頭の男。目の前に黙って立たれただけで、恐ろしい容姿をしていた。
 恐れ、戸惑う私に、彼が言った。

「ヴィレント殿の妹君、チェント殿ですな? 兄上がお呼びです。付いて来てください」

 兄さんが今更、私なんかに何の用だろう?