俺の家に着いて、桜十葉を先に玄関に入れる。体が雨で濡れていて寒そうだったから。
俺は玄関に入って靴を脱ぎ、すぐにタオルを持って桜十葉の所に向かった。
『驚かせた?』
『あ、ぅ……はい』
『そうだよねー。俺ん家、豪邸なの』
豪邸、か……。そんなことを自分で言っている俺自身を思わず鼻で笑ってしまいそうになる。この家は、言わば俺を留めておくための檻。
父親が勝手に用意して、ここに俺を住まわせた豪邸。
それはもう監獄と言ってもいいくらいだ。
『ほら、桜十葉。ここが俺の部屋』
赤いカーペットが敷かれている廊下を歩いていくと、俺の部屋に着いた。
『ほら、そこに座ってて。お茶淹れてくるから』
俺は桜十葉を部屋に案内して、すぐに台所に向かった。今から、しないといけないことがある。本当はしなくても良いことなんだろうけど、俺がしたいんだ。
桜十葉が解離性健忘だと診断されてから随分と日が経った。桜十葉は何日も日が経った今も、一向に回復する様子がない。
自分のやっていることや言ったことが記憶できないんじゃなくて、これまでの記憶が戻らないのだ。過去を忘れてしまった人の気持ちは一体どういうものなのか、俺には想像することさえ出来ない。
桜十葉がいつ過去を思い出すか分からない今、俺は絶対に桜十葉に好きになったもらわなければ……。