でも声をかけて、すぐに後悔した。こんなことになるのなら、話しかけなければ、今も私はこんなに悲しい思いをする必要はなかったのかもしれない。


「それでも、私は桜十葉に声をかけて良かったって思ってるから」


私のことを思い出さなくてもいい。過去の思い出が水の泡のようになかったことになるのは、すごく辛い。でも、桜十葉が私のことを忘れてしまっているのには、何か理由があるはずだから。

何か別のことで、大きすぎるショックを負ってこれまでの記憶を全部失ってしまうこともあると医者が言っていた。

桜十葉の脳が、昔に起こってしまった何かを、記憶を消すほどまでに否定しているんだ。

それならば、無理に思い出してほしいなんて思わない。

だから、もう一度イチから、桜十葉との思い出を作っていけばいい。

私を思い出してほしい、という気持ちを押し殺すことが出来るのなら、桜十葉は苦しい思いをすることなんて、ないだろうから。


「明梨ちゃんがそう思っているんだとしても、私は絶対に思い出すよ。忘れたままなんて、もう嫌なの」


私の話すことを真剣に聞いてくれた桜十葉。私を思い出そうとしたら、桜十葉が怖い思いをするかもしれない。なんだか、そんな気がしてならない。