でも今、確かに“憎しみ”という感情を兄貴に向けた気がした。でも、それだけじゃない。その出来事だけが、俺が兄貴を大嫌いになって、深く深く、恨んでいるという理由には、ならないのだ。

兄貴は、とんでもない罪を犯した。俺がこの世で一番許せない、罪を。そんなことを忘れて、飄々と生きていた兄貴に寒気がしたのだ。簡単に桜十葉を拉致し、危害を与えるような真似をした。

あの頃の優しい兄貴は、一体どこへ消えてしまったのだろう。


***


俺たち如月兄弟と桜十葉との出会いは、実はもっと前のことだった。俺と兄貴は、高校生になって初めて会ったというようなことを言っていたが、実はそうではなかったのだ。

俺が十二歳、兄貴が十四歳の頃、桜十葉はまだ、六歳だった。小学校に入学してまだ間もない、幼い子だった。


『ねぇ君、迷子?お家はどこ?』


幼い頃の優しい兄の声が、誰かに問いかけている。


『ままに道草食ったらだめっていわれたのに、…おとは、ゆうこと聞かなかった……。ここは、どこなの…?』


震える小さな声が、切実に問いかけてくる。幼い頃に聞いた、桜十葉の可愛い声だ。俺と兄貴が会えた理由。それは、息苦しさからくる逃げだった。あの日、あの春の日。俺は見守り人が休憩に入った隙に部屋から逃げ出した。


『はぁ、はぁっ……!!』