さっきまでは、その存在を認知していないみたいに、それでスタッフを呼ぶ事を拒んでいた律顕(りつあき)なのに。

 あれも、自分に近付かない様にする為の一環だったんだと今更の様に気付かされた美千花(みちか)だ。

「つわりは治ってきたのにストレスかな。余り胃腸の調子が良くないの。ちょっと心配事があったら今みたいにキュゥッと差し込んで辛くって。だから食事も余り摂れてなくてこんな情けない事になっちゃった。ごめんね」

 ついさっきまでは、認めたら終わりだと思っていた胃痛だったけれど、今はその事を律顕に話して弱音を吐いてもいいと思えた。

「こっちこそごめん。僕のちっぽけで情けない矜持(きょうじ)もきっと、君を苦しめる原因になってるよね」

 言いながら律顕が躊躇なくナースコールを押すと、すぐさま美千花の枕元から「永田さぁ〜ん、どうなさいましたか?」と看護士の声がした。

「妻が胃痛を訴えて辛そうにしています」

 律顕が答えて、「すぐ行きます」と声が返った。

「処置が済んだら、僕が今日一日会社を休んで何をしていたか、ちゃんと話すよ」

 律顕が躊躇(ためら)いがちに美千花の頭をそっと撫でて。
 美千花は久々に感じる夫の手の感触を心地良いと思いながら、コクッと(うなず)いて目を閉じた。


***


「――永田さん、お腹痛いって?」

 丁度タイミングが合ったのだろうか。

 結局病室にやって来たのは看護士ではなく、ナースを伴った伊藤医師だった。