先日律顕(りつあき)と差し向かいで喫茶店にいた時には、彼女も指輪をしてたのにな、とぼんやり思う。

 彼女の指に〝結婚の証〟があった事が。
 西園稀更(きさら)も自分同様有夫(ゆうふ)だと思える事が。
 ほんの少しだけど美千花(みちか)の心の支えだったのに。

(ねぇ律顕。まさか貴方が彼女の離婚の原因……じゃない、よね?)



『あっ。何か嬉くてつい電話しちゃったけどよく考えたら今、旦那さんと一緒じゃんね。邪魔してごめん! 今度またランチ行こうね!』

 慌ただしく蝶子(ちょうこ)が言い立てる言葉が、美千花には殆ど頭に入ってこなかった。


律顕(りつあき)、今日はお仕事忙しいって言ったよね? だから健診には付き添えないって。なのにお休みしてるって……何? 今、誰と一緒にいるの?)

 ツーツー……と通話切れの無機質な音を響かせる携帯を耳に当てたまま、呆然自失。

 宛もなくベンチから立ち上がってフラフラと歩き始めた所で、フワァーっと目の前が暗くなっていく。


(ヤダ、ダメ。倒れ、ちゃう……)

 暗転する意識の中。
 美千花の異変に気付いたらしい誰かが駆け寄ってくる気配に、(お願いします。お腹を打たないように支えてください)と無意識に乞うた――。