「……美千花(みちか)は今、つわりでしんどいだろ? 無理するな」

 もっともらしい理由を付けられたけれど、美千花を避けるみたいな態度を取った律顕(りつあき)が、
「さ、美千花は先に寝てて? 僕はシャワーを浴びてくるから」
 言って、美千花の横を避ける様にすり抜けてリビングに行ってしまう。

「あの、でも私……今日は貴方に聞きたいことが……」

 必死に律顕の背中に呼びかけてみた美千花だったけれど、その声が聞こえなかったのか、それともあえて聞こえないふりをされてしまったのか。

 律顕は美千花の方を振り返ってはくれなかった。

 散々律顕を避けてきたのは美千花の方だったのに、いざ律顕に同じようにされると凄く悲しくて。

 美千花はマスクの中、キュッと唇を噛んで涙を堪える。

(ねぇ律顕。どうして私と向き合おうとせず、すぐにシャワーなの? 何か消したい痕跡でもあるの?)

 マスク越しでよく分からなかったけれど、すれ違う際、律顕から女性ものの香水の香りがした気がして、美千花は自分の負の妄想を、拳をギュッと握って押し潰す。

 だけど、その後どうしていいのか分からないまま。

 風呂場から聞こえてきた流水音をぼんやりと聞きながら、美千花は玄関先に呆然と立ち尽くしていた――。