華が部屋を出てわりとすぐに、
それまで隣の部屋に居た俺の母親が
リビングに入ってきて

「七海ちゃん、とりあえず今日は帰って
 貰ってもいーかな?」

と声を掛ける。

「幸太が気に掛ける子は七海ちゃん
 じゃなくて華ちゃんでしょ」

母親がそう発したことで、七海が
“すみませんでした”と慌てて出て行く。

「なんでかーさんが話に入ってくるん 
 だよ」

「あら?ここは私の家でもあるんだけど。
 それにあれじゃあ、華ちゃんが
 あまりにも可愛そうで…」

「何が!?」

「私、幸太が結婚するって華ちゃん連れて
 来た少し前から華ちゃんのこと
 知ってたのよ」

「えっ!?」

「藤岡製作所で会ってるの。はじめは
 現状確認に来ている様だった。
 お給料がきちんと支払われてるかとか
 仕事はあるのかとか。華ちゃんが来た時
 にはもうすでにお給料の支払いが遅れる
 事もあったし、仕事もなくて急にお休み
 になることもザラだったけど、 
 年若い女の子に話して何になるって
 相手にしない人も居たのにスタッフ
 ひとりひとりに“お話聞かせて下さい”
 って何度も頭下げて。暫くしたら今度は
 未払い分の給料の支払いについて、
 藤岡製作所に支援する方向でいる
 という事を丁寧に話してくれたわ。
 聞けばまだ22歳だって言うじゃい。
 “小娘が何が支援だ”って怒り出す人も
 居たけど、信用されないのはご尤もだと
 思いますが、約束は守ります。
 どうか信じて頂けないでしょうか?
 って。そこで初めて社長が出てきて
 いきなり“あまり会社が上手くいって
 なかったけど、やっと目処が立った”
 って。私からしたら、今迄一切何の話も
 しなかったのに華ちゃんが来て急に
 話し出す社長の方が信用出来ないと
 思った。社長が目処は立ったが
 自主退職者も募るつもりだって言えば、
 華ちゃんが再就職先は私が責任を
 持ちますって。私は昔からの知り合い
 だからすぐに辞めるのは気が引けて
 続けることにしたけど、華ちゃんのお陰
 で助かったって思ってる人は沢山
 居るんじゃないかな」

母の話の内容に衝撃を受ける…
そもそも、父親に頼むと言ってなかったか!?なぜ華が自ら??
分からない事だらけで頭が混乱する。
そんな中更に、母が話を続ける

「結婚の挨拶に来てくれた後に華ちゃんが
 一人で家に来てくれて、“私が幸太の相手
 で驚かれたことでしょう”って。
 そりゃそうよね!?七海ちゃんだと
 思っていたのが全く違う子なんだん。
 “でも私は幸太のことが好きで好きで
 しょうがないんです。現状に理解
 できない事もあるかと思いますが、
 幸太に同じ位、私のことを好きになって
 もらえるよう努力は惜しまないつもり
 です。暖かく見守って頂けたら嬉しい
 です”って。私は藤岡製作所での華ちゃん
 誠実な対応も見てきたし、幸太の事も
 大切に思ってくれてる事も
 充分伝わってる。華ちゃんがお嫁に
 来てくれて本当に嬉しいの」

華が俺のことを好きなのは
分かっている。自惚れとかではなく、
昔から言葉の節々に好意が溢れていた。
初めて会ったときは、大人びた雰囲気
なのに幼さが残る話し方、気の強さを
感じさせる整った顔立ち、
素直に美人だなと思った。
当時から七海のことが好きだった
俺のその感情は、普通男子が一般的に
思うであろう感情の一つ、ただそれだけ。それでもやはり人から好意を
伝えられることは嬉しいものでは
あった。何故か懐かれ、
家庭教師的なものをやることになったが
目に見えて上がる成績には
嬉しくなったものだ。
高校の卒業を機に七海と付き合える事
になったが、それを華に伝えるのは
正直躊躇った。出会ってすぐの頃は
会う度に好きだの付き合ってなど
言われていたが、その頃には
あからさまな言葉が無くなってていた為、華の好意は一過性によるものだと
思い込んでいた。だが、文化祭で
華と七海が鉢合わせた時に華が
俺の事をまだ思ってくれている事に
気付いたのだ。恋愛感情はなくても
それなりに可愛いがってきた存在だ。
傷付けたくは無かった。
それでも隠してなどおけないと思い
七海との事を伝えたのだ。
それからも俺と華との距離は
相変わらずだった。寧ろ、その事が
関係しているかは分からないが、
更に華の学力は上がっていった。
目に見えて上がる成績は本当に
嬉しいものであった。華は良く
俺のお陰と言っていたが、
大半は華自らが頑張ったからであろう。
その甲斐あって一流と言われる高校、
日本最高峰の大学に入学、本当に
驚かされてばかりだった。
大学の合格通知を受け取った日の
華の姿は今でも忘れない。
涙を流しながら俺に抱きついて喜びを
表す華を心底綺麗だと思った。