それでも毎日は過ぎていく。
お腹の子は12週に入り、順調に
育ってくれている様だった。
受診する度に大きくなっており、
もう少ししたらお腹も出てくる様に
なるだろうと言われた。そろそろ
ちゃんと言わなければいけないと
思っていた所に幸太から、
“かーさんに七海から連絡があって、 
俺と華に会って話がしたいと
言ってるらしいから、華も一緒に 
来て欲しい”と言われた。
嫌な予感がした。 
正直に言えば会うのなんて絶対に嫌だ!
今更何の話があるのだろう。
あの時、幸太と七海さんが
どうなったかは知らない。
私の知らない何かがあるのだろうか?
いや、私の知らない事なんて 
沢山あるだろう。何年も近くにいて、
何年も付き合っていたのだ。
それを私が横槍を入れた。 
それがなければ今も尚、付き合って
いただろう。どうやっても
私は幸太の隣には立てないのか。
私も覚悟を決めなければならない 
のかもしれない。そう思い幸太に
“わかった”と伝え、七海さんと
会う日と場所は幸太に任せた。

七海さんと会う日は、話を聞いてから
2週間後、幸太の実家で会う事となった。
もし幸太とよりを戻したいと言われたら?
それに対して、幸太もそうしたいと
言ったら?私は耐えられるだろうか。
まだ話の内容も分からないのに
マイナスな方にばかり考えてしまう。

幸太の実家に着いたら、お義母さんが
“もう来てるわよ”とリビングに
案内してくれ、すぐにその場を後にした。私が七海さんに会ったのは
文化祭以来8年振りであったが、
相変わらずの可愛らしさに
自分との違いを見せつけられている
感じだった。

「今日は時間取ってもらってごめんね。
 元気だった?」

「元気だよ。七海は?」

「うん。元気だよ」

私が居ないかの様に進められる挨拶に 
“部外者”だと言われている様だ。

「今日来てもらったのはね、聞いて欲しい
 話があったからなんだけど。父から
 言われたの。会社が上手くいって 
 ないって。」

えっ!?なぜ?ウチへの返済が
あるものの、銀行より大分融通を
効かせた為、そこまできついものでは
ないはずだ。だからこそ、
今後は健全な経営を心掛ければ
大丈夫であろうと判断した。
この短期間で会社が上手くいって
いないなんて…

「私、分からないからどうしたら
 いいかな?」
 
“分からないからどうしたら良いかな?”
この人は何を言っているのだろう?
まるで他人事。
何なんだこの能天気な感じは。
あの時に感じた不信感を思い出した。
きっとこの人は自分では何もしない。
黙ってなんていられなかった。

「どうしたらいいかな?ですって!?
 あなたが以前も幸太に言ったことで!
 そのせいで、幸太がどんな思いでいたと
 思ってるの!幸太はあなたの為に悩み、
 あなたの為に頭を下げた。また同じ事を
 させようとするつもりなの!?」

「華、落ち着け」

これが落ち着いていられるか!

「落ち着けって、幸太はいいの!?」

「俺は力になってやりたい」

やはりこうなってしまうのか…
やるせない思いに胸が締め付けられる。
結婚してから、少なからず幸太とは
それなりの関係が築けていると
思っていた。幸太はとにかく優しかった。例えそれが偽りの優しさだったとしても。だからこそ、この期間で少しでも 
私のことを好きになってくれたのでは
ないかと思ってしまう程だった。
これまでも勘違いしてはいけないと
何度も思ってきた。それでも心のどこか
では期待してしまっている自分がいて。
結局はどんなに頑張ってもこの人には
勝てない…


私は声を低く言う

「幸太のとこに縋りに来る前に七海さんは
 何かしたの?少しでも自分で考えて
 みた?まさか父親に言われたからって
 真っ先に幸太を当てにした訳じゃ
 ないでしょうね?
 幸太に言えば、また助けて貰えると
 思ったの?」

「それは…」

「何も考えない、何もしようとしない。
 すぐに人に頼る。誰かが助けてくれる。
 きっと今までもそうやって
 生きてきたんでしょうね。」

「おいっ!」

幸太が声を荒げる。

「幸太が力になりたいと言うなら反対は
 しない。気が済むまでやったらいい。」

幸太の顔が強張っているのが解る。

それでも言うのをやめられない。

「そもそもその力になりたいって
 どういう間柄として?まさか私と結婚
 してからも会ってた?」

幸太が結婚してから七海さんと会ってはいない事は断言出来る。何しろ殆どの
時間を私に注いでいてくれていた。
それは私が1番よく分かっている。
それでもこの現状に納得出来ず、
酷い言葉を言ってしまう。 

「そんな訳ないだろう!七海とは
 別れてから会ったのは初めてだ。
 あの時、別れたのは俺が頼りなかった
 せいだし、今の七海の状況があるのは
 少なからずあの時の影響があるんじゃ
 ないかと」

あの時の影響!?あの時、私は私なりに
最善を尽くしたつもりだ。幸太に
あの支援は私が動いたと知っていて
欲しかった訳ではないが、
知られていない事で言われた
言葉が胸に刺さる。
それに加え、幸太の“七海”と
呼ぶ声も言葉もまるで今でも
彼女のことが好きなんだと
思い知らされる。結局は勝てない。
いや?もしかして、はじめから
同じ土俵にも立てていなかったのか?
兄の言葉を思い出す。
“そもそもあいつの好みじゃない”
はじめからそうだったではないか。
幸太は私の事を愛してはいない。
むしろ憎んでいたか。好き合っていた
2人を無理矢理引き離し、
私が卑怯な手を使って結婚を
迫ったのだから。
この状況を目の当たりにして、
あれだけ誰にも渡したくない、
離れたくないと思っていた
自分の想いが急速に失せるのを感じた。
どんなに想っていても、
どんなに頑張っても結局は
本当の意味で手に入れる事なんて
出来ない、想いだけでは
どうにもならないのだ。
限界なのかもしれない。
妊娠の事は、今となれば伝えなくて
良かった。また幸太を縛り付けて
しまうところだった。
私にはこの子がいる。幸太との思い出も
充分出来た。幸せも沢山貰った。
これ以上望んではダメだ。

「これで満足?幸太はあなたの力に
 なりたいんですって。公私共に支えて
 貰ったらいかがですか?
 この話をして、幸太だったらそう言って
 くれるだろうと思って来たのでしょ?
 あなたの思い通りになって良かった
 ですね。私はあなたを助けたいとも
 思わないし、何も出来る事はないので
 これで失礼します。もう二度と
 会うこともないでしょう」

幸太を開放しよう。