「…ねぇー?もう帰るのー?」


仄暗いホテルの一室で、激しい情事の後に熱いシャワーを浴びてバスルームから出て来れば、ごそごそとワイシャツに腕を通し、無造作に髪を掻き上げている彼がいた。


私はつまらない、と言った様に甘えて彼に近付こうとする。


けれど…。


「圭子…やめろよ」


と、素っ気なく止められた。


それでも私はムッとすることもなく、彼のまだ少しだけ濡れている髪を指で漉いていく。


「やーめない。いいじゃない。どうせお人形サンが待ってる家に帰るだけデショ?」


そう言った私に向けて、彼はふっと息を吐き私を見つめて来た。


「あいつは、そんなんじゃ…」

「へぇ?そう。じゃあ帰れば?その代わり、…私苛めちゃうかもよ?あのなーんにも知らないお姫様に」

「圭子、俺が悪い、だから…やめてくれ」


違う。
そんな言葉が聞きたいんじゃない。
それなのに、どうしてこの人には私の気持ちがこれでもかと言うくらい、伝わらないのだろう?


「んー…つまんないなぁ?駿てばそんなキャラだっけ?人の事抱いてる時は、あんなに理性飛ばしてる癖にね?可笑しくない?」


私のこの裏腹の言葉達に早く気付いて…。
じゃないと、私の方が壊れてしまうから。


「そんな風に言うなよ。俺は…真剣に…」

「真剣に、何?」

「…いや…その」

「…しゅーん?逃げないでよ、今更じゃない。こんな事。真剣に…の先は?彼女を愛してるとか?…はっ、馬鹿にしてんの?」


ぐいっ


締め掛けたネクタイを強引に掴んで、背けている顔を此方に向かわせた。


「奥さんいるって…最初から言えばよかったじゃない」

「圭子、それは…」

「そうよねぇ?彼女と私じゃ天と地…?ううん、違うわね…華と毒程の差があるものね?…いいわ、別れてあげる」


とすっ


握り締めていた、ネクタイをぱっと離して彼をベッドに投げ出す。


私は冷たい視線を投げて、彼を見下す。
そんな私に許しを乞うようにして、彼は私の手に触れようとした。
それを、ぱしっと叩き落として吐き捨てるように呟いた。



「縋りつかないでよ、みっともない」


それを聞いた彼は、真っ青な顔をして言葉を失った。