地獄のようなバスタイムも終わって、翔太に髪を乾かされながら、私は新しいビールの缶を開けた。耳元ではドライヤーがけたたましく鳴っている。勢いのある熱風で毛先が暴れるのを眺めながら、一口目を飲んだ。
 今日のお風呂はやけに恥ずかしくて、緊張した。彼も緊張していたのか、一緒に湯船に浸かっている時は無言だった。
「あつっ」
 ぴりっとした耳の痛みに、急に意識を引き戻される。
 ドライヤーの熱を浴びすぎたのかもしれない。片耳を触ってみると熱くなっていた。きっと赤くなっているに違いない。
「あっ、悪い……。大丈夫か?」
 翔太は慌ててドライヤーを止めて、私の耳に触れた。その優しい手つきにまた、ドキリと胸が高鳴る。
「あー、赤くなってるな……。大丈夫か?痛くないか?冷やした方がいいよな?保冷剤あったかな……」
「ね、もう痛くないから平気だよ」
「本当か?」
「うん」
「そっか……。よかった」
 ほっと頬をほころばせると、再びドライヤーで髪の毛を乾かし始めた。
 珍しく過保護で慎重な姿に、付き合いたての頃を思い出した。最初の頃は、異常なまでに過保護だった。初めての恋人だったこともあるが、それ以上に私が弱々しかったかららしい。当時は体質で鶏ガラのように細かったから。
 慣れないヒールで足を痛めた時、わざわざ横抱きにして病院に駆けつけようとした事があった。通学の電車では私が通勤ラッシュで潰されないよう、必死に守っていた。肉まんを食べて舌を火傷した時も酷い慌てようで。
 ああ、なんだ。ちゃんとあった。私たちにも甘い時期が。それに、私たちは今でも変わらずバカップルなままだ。いくら喧嘩しても必ず一緒に入浴し、こんな風に髪を乾かして貰っている。良く考えればおかしな話だ。
 たまらず笑いだした。
「あいかわらず翔太はドライヤーするのヘタクソだよね!。ていうか、なんでそんな必死なのさ。変なの」
 ケタケタと笑う私につられて、翔太も噴き出した。完全に喧嘩の雰囲気は消えていた。
 もう一口ビールを飲む。
「─え?ごめん、なんか言った?よく聞こえなかった」
 彼が何かを呟いた気がして振り返る。
 電源を切られたドライヤーの音がしぼんでいく。しばらくの静寂のあと、彼は口を開いた。
「さっきは、ごめん」
「え?」
「皿投げたり、ビールぶっかけたり……お前のこと、”こんなの”とか言ってごめん」
「ちょっと、翔太?どうしたの?」
「本当はあんなこと思ってない。お前のこと大好きだ。あれは言葉の綾っていうか、思ってもないこと言っちまった」
「ああ、それなら気にしないでいいよ。今回は私が一番悪かったんだし」
 それを聞いてほっとした。あれはかなり心に刺さったから。本当に嫌われていたのかと思っていたから、安心した。
 体を委ねると優しくぎゅっと抱きしめられる。回された腕に自分の手を重ねると、なんだかすごく幸せだった。
 あー、なんだか体があつい。まるで風呂上がりのようでのぼせそうなのに、頭はふわふわしてて心地よい。今なら、なんでも言えてしまえそうな気すらする。
「ねぇ、翔太?」
「ん?」
「プロポーズ、うれしかったよ」
 私がそう言うと、翔太は苦く笑った。
「気使わなくていいぞ?あんな粗末なプロポーズでごめんな」
「ううん、そんなことないよ」
 私はのんびり首を横に振った。彼の肩口にくっつけた髪が擦れてスリスリと音をたてる。
「ほんとはね、すごくうれしかったの。結婚したいのは私だけなのかなあって、思ってたから。結婚しようって言われて、すごくうれしかった。でもね……また、嫌な態度とっちゃった」
 ポロリと涙が頬を伝った。
「私、私ね。素直になれないの。大好きなのに、嫌いって言っちゃうの。それでいつも翔太を傷つけるの。本当に、ごめんね。でも、でも私………」
 しゃくりあげながら
「翔太のこと、大好きだから……」
 その途端、視界がぐるりと反転した。驚いて目を見開くと、泣き出しそうな顔をした翔太が覆いかぶさっていた。部屋の照明が眩しいな、なんて考えていると口を塞がれる。
 今度は深いキスだった。
 私の身体を手篭めにして一心に、埋めるように、キスを繰り返してくる。私は気持ちいいやら苦しいやらでポロポロと涙が溢れた。
「……ディープキス、久しぶりだね」
「……ん」
 お互い濡れた瞳で見つめあう。しばらく無言が続いたあと、私から軽くキスをした。
「ベッド、行く?」
「意味わかってて言ってんのか?それ」
「もちろん。……久しぶりにエッチしようよ」
 そう言うなり、翔太は私のことを抱え上げた。お姫様だっこでベッドまで連れていかれ、さっきと同じ姿勢になる。
「ね、優しくしてね?久しぶりだから怖い」
「……がんばる」