母に呼ばれて実家に顔を出したとき、夏菜が「ちょうどいいところにお兄がきた」と寄ってくる。

「ねえねえ、千咲って覚えてるよね?」

久し振りに聞く名前に、胸がざわっとした。
もしかしてまだ自分の中にあの時の感情があるのだろうかと疑りつつなんでもない素振りをする。

「ああ、覚えているが、どうかしたのか?」

「職を探してるみたいなのよね。お兄のとこで求人ない?」

「求人か……」

この短い会話だけで、俺は即決した。

「俺の秘書が辞めたばかりでな、今探しているところだ」

「お兄の秘書?うえ~お兄にこき使われるってことだよね。あーやだやだ」

「お前聞いておきながら……」

「あ、でも千咲って秘書検定持ってたはずだからちょうどいいかも。その求人、千咲に紹介してもいい?」

「ああ、千咲さえやる気ならすぐに手続するから、連絡してくれ」

「千咲、まずは断ると思う。でもやっぱりやるって言ってくる気がする。ふふふ、楽しみ」

夏菜はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ何か企んでいる様子だ。
まあ何にせよ、千咲との関りがまた出来るとは思っていなかった俺は、自分でも気づかないうちに浮足立っていたようだ。

ずっと無自覚、だったのだが、後日正式に千咲がこの話を受けるということを聞いて頬が緩んだ。
どうやら俺は今でも千咲のことが気になっているらしい。