千咲に出会ってから一年が過ぎ、俺は大学を卒業して社会人となった。

自ずと塚本屋に入社し、社長の息子ということでまわりからの期待と好奇な目に晒されることが多くなったように思う。
夏菜が高校に入ってまわりが気に入らないと言っていた気持ちがひしひしとわかる。
俺の場合は自ら足を突っ込んだわけだから、夏菜ほどやさぐれてはいないのだが。

それを思うとなおさら、夏菜が千咲を好きな理由がわかる気がした。

千咲は夏菜に塚本家を求めてはいない。
ただ一人の友達として、純粋におしゃべりに花を咲かせ楽しんでいる。

もちろん俺にも両親にも、いつも自然体の千咲。

可愛くて、たまらない。

まさか俺が千咲のことを「好き」だとかいうんじゃないだろうな。

そう思った瞬間、理性が働いた。

バカなことを考えるんじゃない、千咲は高校生なのだ。
犯罪めいた考えはやめろ。
この話はこれで終わりだ。

そう、自分の中で区切りをつけていたのに……。

「私、一成さんが好きです」

思わぬ彼女からの告白に、膝から崩れそうになった。

真っ赤になって訴える千咲は本当に可愛らしくて、抱きしめたい衝動に駆られる。
伸ばしかけた手を必死に抑え、ぐっと拳を握った。

「千咲、ありがとう。俺も好きだよ。でも今は付き合えない」

うまく笑えたかわからない。
しゅんと悲しそうな顔をした千咲に、ほんの少しだけ触れたくて、そっと頭を撫でた。
さらさらの髪の毛の余韻にいつまでも浸っていたいような、そんな感覚を覚え、慌てて手を引っ込める。

「また遊びにおいで」

大人ぶった対応をしてその場を去ったが、本当は逃げたのだ。
あの場に留まってしまえば俺は千咲を手に入れたくなる。
手に入れたらそれで満足できなくなる。
千咲はまだ高校生なのだから、わきまえるべきは大人である俺。

ちょうど家を出る準備もしていたし、千咲も受験生になる。
この選択は間違っていない、これでいいのだと思った。

それから千咲と会うことはなくなった。
後悔は死ぬほどしたが、仕事の忙しさにかまけてそれも時間の経過とともに薄くなっていった。