毎朝、新大久保から1駅だけ山手線に乗り、新宿駅で降りる。
生まれた街はお世辞にも綺麗な街じゃなかった。
住民の大半は日本人ではなく、街にはハングル文字が溢れている。
最近でこそ至る駅や看板で見かけるこのハングル文字が、
幼少のボクには何かの暗号に思えていた。

同じ時間に起きて、同じ時刻の電車に乗る。
学生やサラリーマンの顔もいつも同じ。
だけど、ボクにとって唯一、「好きなこと」だった。

新宿に向かう山手線、先頭から3両目。
8時15分に彼女はいつもホームに居た。

肩までの黒髪、整った眉、黒い革ジャンにはたくさんのバッヂ。
細身のジーンズはLee。スニーカーはアディダス。
風に揺れる黒髪から少しだけ見えるピアス。片耳に3つくらい。
年はボクより上だろうか、いつも遠くを見つめていた。
寂しそうな横顔を見るたびに、声を掛けようか迷っていた。

同じ車両に乗り、同じ新宿駅で降りる。
東口で降りて、ボクとは反対方向に歩く。
小柄な割に、歩く速度はボクより早い。
スカウトマンを寄せ付けない為だろうか。

名前も知らないこの人に惹かれていくのに、時間は掛からなかった。
高校の頃に半年だけ交際した彼女以来、ボクには彼女、という存在は無かった。
無かった、と言うよりは、それがどうでもよく、ただめんどくさかった。
別れた時に言われた。「つまらない」という台詞が
ずっと心の中で響いていたからかも知れない。
確かに、あの頃も、今も、ボクは取り柄もないつまらない男だ。
そんなボクが、あの人に声を掛けたところで、
どうせ無視されるに決まってる。