ここは銀座でも目立たない路地の、ずいぶん奥にある小さなバーだ。
店の名前は『樹(いつき)』どうやらマスターの息子の名前らしい。
偶然に路地に迷い込み、この店を見つけたのは、もう5年程前の話になる。

このお店のオーナー兼マスターである横山さんは、私にとって今では父親のような存在なのだ。

私の実の父親は、5年前に他界してしまった。

母は私を生んで間もなくして亡くなったと聞いている、それからというもの父は男手ひとつで私を大切に育ててくれたのだ。
母のことは写真でしか見たことが無いが、父はとても母を愛していたようだ。
父の書斎には、優しい表情で微笑む母の写真が飾られていた。
最愛の父であり、唯一の肉親。
父が亡くなり、とうとう私は一人ぼっちになってしまったのだ。

そう…ちょうど私は、父が亡くなった悲しみで、押しつぶされそうだった時に救ってくれたのが、マスターの横山さんだったのだ。

それは、とても不思議な偶然の出会いだった。