それから一年後の横山家

「樹さん、お帰りなさい。」

私が玄関に出迎えると、返事よりも先に、樹の唇が私の唇を塞いだ。

「ん…んん…ん」

声が出せない私を面白がるように、樹の口づけは角度を変えながら深くなる。
もう窒息すると思った頃、やっと樹は私の唇を解放してくれた。
息が上がりはぁはぁと肩で息をする私を優しく樹が抱きしめる。

「真雪、ただいま。」



人生って本当に不思議だと思う。

一年前、横山さんのお見舞いがきっかけで、私はこの家に初めて来たのだ。
樹の優しさに惹かれ、恋に落ちるまでにそう時間は必要なかった。

なんと今は、横山家にお世話になっているのだ。

あれから樹は、ニューヨークのバーテンダーのコンクールで賞を取り、日本でも注目され始めている。
今では、カッコ良すぎるバーテンダーなんて呼ばれたりもしているようだ。

あまり女性から人気が出過ぎるのも、私には心配の種だ。

そして、一番のビックニュースがある。
順番が少し逆にはなったが、私のお腹には樹の赤ちゃんが来てくれたのだ。
まだ3か月だけれど、確かにお腹には守るべき存在が居ることを感じている。
母になると強くなるとは本当のようだ。

私は経理部の仕事にもだいぶ慣れて来た。
最近では課長の田辺もあまり文句を言わなくなってきた。
というよりは言わなくても済むようになったようだ。


全てが良い方向に回り始めた。
あの日、最悪な気分で向かったお店『樹』で、何かが動き始めたのだ。

人生ってとても不思議で面白い、私は今最高に幸せだ。


…そしてご報告です…
明日、私は樹さんと結婚します。
私はこれからもずっとずっと…大切な人たちと幸せに暮らすことでしょう。

天国のお父さん、お母さん、見守っていてね。



END