しらすの彼

「どうかしましたか」
 そこへ、スーパーの店長が走ってきた。
 中年の男性は急におとなしくなって、いえとか別にとかもごもご言いながら、それ以降は何も言わずに会計を済ませた。

「大丈夫?」
 割って入ってくれたのは、しらすさんだった。
「あの、ありがとうございます」
 助かったあ。
 私は、ようやく、ほ、と息を吐くことができた。
 そんな私の様子を見て、しらすさんはいつものようににこりと笑うと列の後ろの方へ戻っていった。

「ありがとうございました」
 レジの女性が、私に頭を下げる。
「ごめんなさい、何もできなくて」
「いいえ。助けていただいて、とても心強かったです。本当に、ありがとうございました」
 私の買い物をレジに通す時には、その人の手はもう震えてなかった。

「たまにはああいう人もいるみたいだけど、気にしないでね」
「はい。大丈夫です。がんばります」
 丁寧にお礼を言う彼女に私も笑みを返して、サッカー台に移る。あの中年男性は、とっくにいなくなっていた。