あの日から色々なことがわかった。

相変わらず返信に時間はかかるけれど、自力で会話することは出来ている。

八瀬は一年C組で、凛の2年C組の教室とは階が違う。

ただ運動会は組ごとになっていてチームになれるし、その前の林間学校ではバスが同じという好機があることを知った。

林間学校、運動会の後の修学旅行は一緒にはなれないけれど、それまでに想いを打ち明けられるだろうか…。

七夕祭りから一週間が過ぎた日曜日。

未だに八瀬の顔を見ていない。

三学年全てD組まであるし、学年も違えば階も違う。

廊下ですれ違うことも全くない。

段々メッセージのやり取りにも慣れて、日曜日の朝から『おはよう☀』とメッセージを送る。

するとすぐさま『おはようございます』と返事がくる。

最近はスムーズに話が進んでいて、気が楽になる。

『もう夏休みだね!予定ある?』

実は一昨日の金曜日に終業式が終わったばかり。

夏休みが始まって二日。

未だに予定がない凛は、八瀬をどこかへ誘おうと決めていた。

と言っても、八瀬との予定がないだけであって、渚や美香達との予定は沢山ある。

『今は特にないです。』

『そうなんだ!良かったら、どこか行かない?』

文字で行くなら楽勝…だと思っていたが、送信するのに五分かかった。

息を止めて押すと、既読がつく。

(うわぁ見られた!見られた!断られたらどうしよう!?もう後戻りはできない!!)

足をバタバタさせながら考えていると、着信音が鳴る。

「え?」

画面を見ると、【 NATSU 】と表示された通話画面が出てくる。

ワタワタしすぎてスマホを落としそうになる。

恐る恐る出ると、「もしもし」と聞きたかった八瀬の声がきこえる。

「もっ、もしもし!?八瀬くん…どうしたの?」

「どうしたって…予定を聞いてきたのは先輩じゃないですか」

困惑する。

確かに予定は聞いたが、誰も通話をしたいだなんて…

「あぁ、電話の方がスケジュール立てやすいかなって。」

「あ…なるほど。ありがとう。」

……と言ってみたものの、声だと勇気が出ないっっっ!!!!

「で、僕は全然いいですけどいつにしますか?ていうか何処に行くんです?二人ですか?」

いつの間にか一人称も元に戻っている。

「うわわちょっと待って…!私は一応一番近いと来週の水曜日空いてる…。何処に行くかは決めてない…けど…」

「けど?」

「二人で…いいの?」

電話越しだから見えないけれど、きっと八瀬は平然とした顔をしているだろう。

凛は燃えるように顔が赤い。

「え?そのつもりじゃなかったんですか?」

案外八瀬は鈍感なようだ。

「渚とか遥斗くんとか一緒に行こうかなって考えてたけど…」

「じゃあ四人にしま…」

「待って!!」

覆い被さるように声を出す。

耳から問いかける優しい声が聞こえてきた。

「…や、やっぱり…二人でいいよ…」

目をギュッと瞑って返事を待つと、ふっと八瀬が微笑んだような声が聞こえた。

「…分かりました、では水曜日、午前十時位でいいですか?迎えに行きます。行き先は決めておきますので。」

「わかった、じゃあね」

不通音が部屋に響く中、呆然としたまま寝転ぶ。

天井を見上げると不意に我に返り、顔がまた赤くなる。

足をバタバタさせながら枕に顔を埋めると、凛は決意したように両頬をパシンと叩いた。

八瀬とのトーク画面を眺めた後、違う画面に切り替える。

【 なぎさ 】と書かれたトーク画面を開き、今のことを全て報告する。

『頑張ったね、おめでとう。』

渚らしい返事が返ってきたところで、明日の約束について話す。

『服とか決めてくれないかな?』

『任せといて!』

快くOKしてくれた事に安心してお礼を言ってから立ち上がる。

壁にかけたカレンダーに赤いペンで『大切な約束』と書き記す。

満足して部屋を出て、階段を降りながら色々なことを考える。

「髪型、どうしようかなー…」

呟いた途端、洗濯物カゴを抱えた母にばったり出くわす。

「あんた何ひとりで言ってるの。そう言えば、母さんくるみたいだから熱いお茶入れてあげて。」

「げっ、おばあちゃん夏なのに熱いお茶飲むの…」

「あの人はおかしいからね」

母親を貶しながら「お茶入れ終わったら畳むの手伝って」とリビングへ入っていく。

「はいはい」

リビングの向かいにあるキッチンに入り、急須を手に取る。

祖母の為に買った急須なのに何故か母が愛用して私の家に置いている。

お茶を注ぐと深い香りが漂う。

「あっ、茶柱だ!今日は運がいいなぁ」

ルンルン気分でリビングにお茶を運び、机に置く。

近くで服を畳んでいた母の正面に座り、カゴからズボンを取り出して畳み始める。

「失礼しますよー」

馴染みのある声が玄関から聞こえたが、手が離せなくて「いらっしゃーい!」と声をかける。

「あんた達に差し入れだよ」

袋を腕に提げた祖母がいつも通りのカーディガンを羽織って入ってくる。

まだ年齢はそんなに上ではないから、母にそっくり。

正しく言えば母がそっくりなのか。

「ありがとう!!お茶用意したから飲んでね。茶柱立ったんだよ」

「そりゃ凄いねぇ!ありがとう、それ中身見てご覧なさい、絶対に凛が食べたことないものを持ってきてあげたから。」

「食べたことないもの?沢山あるからわかんないけど…」

袋を覗くと、小さな袋二つが入っていた。

表面には種の絵が書いてあり、ひまわりが咲いている。

「なにこれ?」

「ひまわりの種だよ。その下がかぼちゃの種。食べれるの知ってる?」

「知ってるけど、食べたことない…」

ひまわりの種を取り出して開けてみると、ジャラジャラと中に入っていた種が揺れる。

一粒取ってみてそのまま口に入れると、凛は顔を強ばらせた。

「に、苦っ…」

「はははっ!凛そのまま食べたの!?ははっ凄いねっ」

母がニコニコしながら畳んだ服をカゴに入れ直す。

カゴをリビングの隅へ置いた後、凛の手元から一粒種を取った。

「これはこうやって食べるんだよ」

そう言って、母は種をガリッと歯で噛んで、手の上に乗せている。

種の割れ目を爪で広げて半分に割った。

「あっ!なんか入ってる」

黒い種の中から白い種が出てくる。

「これを、食べるの。甘いよ。好き嫌いはあるけどね 」

母は白い種を口に入れて「懐かしー!」とまたひとつ種を手に取っている。

凛も真似をしてみると、同じように白い種が出てくる。

ぱくっと口に放り込むと、感じたことの無い味が口の中に漂い始める。

「口に合うかい?」

祖母の返事に大きく頷く。

「うんっ!美味しいよ!これ好き」

「良かった、かぼちゃの種もどうぞ」

「貰っとくね!」

八瀬との会話が無くなったらこの話でもしようか、なんて凛の頭の中は八瀬でいっぱいだった。