春の日差しが差し込む一部屋に、目覚ましが鳴り響いた。
その音と小鳥のさえずりによって、治は目が覚めた。
そうだ、今日は休日。
でも用事がある。
大事な用事だ。
治はベットから起き上がり、目覚ましを止めた。
カーテンを開けて伸びをした時、電話がかかった。
「もしもーし」
『あ、治。久しぶり!今起きた?』
電話をしてきたのは、苗字を忘れた古い友人だった。
仲は良かったけれどしばらく会っていないから顔も覚えていない。
「うん今起きたとこ。なに?久しぶりじゃん」
『今日さ、俺暇なんだけど、久しぶりに会わない?』
「あーごめん、無理だわ」
携帯を肩と耳で挟みながら話を聞き、部屋を移動してコーヒーを用意する。
『えーなんでだよ!久しぶりに会えるってのに』
電話越しに相手の嘆く声が聞こえた。
コイツには申し訳ないが、「今日は外せない用事がある」と伝える。
いつものように砂糖を多めに入れて、カップを持つ。
『何があんだよ一体』
治はコーヒーを一口飲んで言った。
「親戚の結婚式なんだ」
♥
会えない代わりに、と少しだけそのまま電話を続けて時間だからと言って三十分ほどで切った。
クローゼットから、パリッと伸びたシャツとセットスーツを取り出す。
一年程前に買った淡い紺色のスーツだ。
あの時も、今日と同じで自分の生徒の結婚式だった。
サイズも変わらず、体にフィットしている。
スーツを着てネクタイを締めていると、また電話がかかった。
「もしもーし」
相手は今日の主人公だった。
懐かしい声が耳に入って、自然に笑みがこぼれる。
「わかったよ、新郎さん」
緊張しているのか、早口で喋っているのが面白くて、ついつい声を上げて笑う。
その声に対して、相手は文句を言ってくる。
「ははっ、ごめん、面白くてさ。……うん、もう少しで家を出るよ」
車の鍵を持って、治は電話を切った。
「さて、祝福しに行きますか。」
昨夜準備しておいた花束と荷物を持って、治は家を出た。
♥
式場に着いて、治は愛車から降りた。
ピッと鍵が閉まったのを確認して、式場に入る。
真っ白な式場には、淡い色の花が沢山飾られている。
「すいません、今日式に呼ばれてて」と受付の女性に声をかけると、すぐに彼女は顔を上げた。
「新郎様のお知り合いでしょうか?」
「はい」
「承知しました。新郎様は準備が整っているのでお会い出来ますが……」
「お願いします、」
「確認を取るのでお名前を書いて少しお待ちください」
言われて紙に名前を書いてから、ロビーに座り女性を待つ。
周りを見渡しながら数分経ち、また女性が戻ってきた。
「確認が取れました、城田 治さんですね。こちらへどうぞ」
案内をされて階段を上り、部屋に着く。
このドアの向こうに、昔の生徒である“アイツ”がいるんだ。
「ありがとうございます」
頭を下げて、ドアノブに手をかける。
「失礼します」
部屋に入ると“アイツ”が振り返る。
「よう、久しぶりだな」
治が声を出すと、笑って言った。
「おさ兄……」
立ち上がったのは、白いスーツに身を包んだ夏希だった。
「おい、名前で呼べって言ったろ」
「ごめん治、久しぶりに会って嬉しくて…」
「こっちだって嬉しいよ。親御さんは?」
「もう行ったよ」
「そうか」
別に変な関係じゃないのに、なんだか話が進まない。
もう数年くらい会っていなかった。
連絡はとっていたが、やはり顔を合わすとなると…ましてやそれが結婚する日だなんて。
「とりあえず、結婚おめでとう」
思い出したように花束を渡すと、幼い顔で笑った。
「ありがとう。」
「プロポーズは、どうやったんだ?」
まだ聞いていなかった事を聞くと、夏希は照れながらも話し始める。
「あぁ……」
「かくれんぼ…だと!?」
プロポーズの仕方に驚きが隠せず、大きい声を出してしまう。
まさかかくれんぼの途中でプロポーズをするだなんて。
少し抜けている凛も、プロポーズをされて泣いたあと、『かくれんぼは?』と聞いたらしい。
全く、変なことばっかり考えるカップルだ。
いや、もう夫婦になるのか
「うん。緊張してたからさ…まぁ成功するとは思ってたけどね」
「すげぇ自信じゃねぇか」
「ずっと付き合ってたし」
「ふーん」
「他にも案はあったんだけどね。だるまさんがころんだとか……」
「やめといて正解だったな」
夏希がプロポーズしたのは八月だった気がする。
数日後に二人とも誕生日を迎えて今では二十三歳。
プロポーズからもう七ヶ月くらい経っている。
三月中旬だけれど、今はもう暖かい。
「大人になったな」
頭に手を乗せると、照れくさそうに「やめろよ」と言った。
でも、手を払おうとはしない。
クシャクシャと掻き回してやろうかと思ったけれど、せっかくセットしてもらったから今日はしないことにする。
つい前まで、高校生だと思っていたのに。
コイツらが付き合ったのは、そんなに前だっただろうか。
頭で考えていると、ノックの音が聞こえた。
「あ、はい」
夏希が返事をすると、入ってきたのは兄貴だった。
「渉!」
「よう治、久しぶりだな」
今日は久しぶりに会う人が多い。
この後も沢山会うだろうな。
「渉、老けたろ」
「おい久しぶりに会ってそれかよ!」
「もう三十三だろ?」
「治だってあと一年で三十じゃねぇかよ」
渉とのやり取りを見て、夏希も笑い出す。
「やっぱいいね、兄弟って。でも、そっか。治もまだ二十代なのか。若いね」
「俺は!?」
渉が突っ込んで、また笑う。
陽が差し込んだ部屋でこうやって三人で笑い合えるなんて、初めての事だ。
三人が揃ったのも、いつぶりだろうか。
嬉しくなって、治からも話を振る。
「あぁ、そう言えば、夏希のプロポーズの日にお世話になったらしいな」
「ん?あぁ、俺のイベントに来たな」
「めっちゃ楽しかったよ。あの時はありがとう。」
「こちらこそありがとな」
「まだイベントやってるの?」
「やってるよ。今日は休みにして来たけどな」
「ごめんねなんか」
「謝んなって。記念日なんだから。遅くなったけどおめでとさん」
渉も花束を渡して夏希を祝福する。
今度は治の方を向いて「奥さんは元気なの?」と話を振ってくる。
いつからこんなにコミュニケーション能力が高くなったんだ。
「うん。今は育休とってるよ。」
治の妻はつい最近二人目の子供を産んだ。
元々体が弱く、保育士をしていた妻は、まだ病院で入院している。
夏希も渉も、出産後にお祝いしてくれた。
「来ればよかったのに」
「病院にいんだから無理に決まってんだろ」
「はははっ」
もちろん渉にも妻がいる。
でも、渉はいつも漁に出かけているせいで、奥さんは遠くに住んでいて別居中。
「俺も早く子供の顔が見てぇ!」
「帰りゃいいだろ」
「仕事中に出れるかっ」
昔と変わらないやり取りに、最近妻や生徒のことで重くなっていた心が軽くなる。
「さてと、他の生徒にも顔合わせしてくるかな。」
「うんわかった。また、後で」
そう言って部屋を出ようとすると、丁度ドアが開いた。