「それじゃあ、ありがとうございました!」

「ありがと、じゃあね」

「おう!二人でまた来いよ!」

手を振ってまた車を発進させる。

今日は移動が多くて疲れた。

でも、眠くはならない。

なぜなら、車の中は魚の匂いがするから。

もうお昼もデザートも食べてしまったと伝えると、渉さんは保冷バッグに魚を詰めて渡してきた。

『勿体ねぇから持ってけ!』と言って。

有難いけど、ちょっと生臭いかも。

「ははっ、凛、顔に『臭う』って出てるよ」

「うぅ…」

「ちょっと待ってな、今アイツに預けるから」

一戸建ての家の前に着き、チャイムを押す。

「はーい」

玄関から出てきたのは大人になった古矢 尊だ。

「久しぶり尊くん!」

「あれ、凛先輩と夏希!」

「よっ!ちょっと頼みたいんだけど」

保冷バッグをトランクから出した夏希は尊に見せる。

「なにこれ」

「お裾分けするからさ、帰りまで預かってくんね?」

「いやいいけど……帰りっていつ?」

質問した尊に、夏希は焦ったように肩を組む。

そのままなにかを言った後に、「いいか?」と聞いた。

「わかったよ。頑張れ」

それだけ言って尊は保冷バッグを受け取った。

「助かるよ、尊くん」

「全然いいっすよ!冷凍庫、入れておきます」

「ありがとう。じゃあ、またね」

手を振って助手席に乗る。

窓を開けると、尊が夏希の肩に手を置いてまた何かを話していた。

「……なんだろ?だから……するんだぞ。わかったな?俺も…………からさ」

「おう。じゃあまた後で」

日もすっかり落ちて夜の七時。

保冷バッグを抱えながら尊が手を振る。

出発しそうになった寸前、「あっ、凛先輩!」と尊が声を上げた。

「な、なに?どうしたの?」

「あの……クリスマスって、渚は予定、ありますかね…?」

「クリスマス…か。いつも家族と過ごしてるみたいだけど、暇だと思うよ。誘われたら多分……ね」

微笑んで言うと、つられて尊も笑った。

「ありがとうございます」

自分で聞くのも恥ずかしいんだろうな。

まだ少し勇気が出せない尊が凄く可愛く見える。

今度こそ別れを告げて、車は海辺を走り始めた。


          ♥

夕飯を済ませた二人は、パーキングに車を止めて少し歩くことになった。

勿論、夏希に従って。

昼間見たものとは違う橋を渡り、公園を通って丘を下る。

そこは物静かで、でも居心地がいい場所だった。

ベンチが数個並んでいて、その前には木で作られた通路。

普段は路上ライブとかが行われていそうなその場所に階段を伝って降りる。

人気も少なく、ただ犬の散歩をしている人や、手を繋いで歩くカップルがいるだけだった。

近くに漁港もあるようで、船があちらこちらに見える。

海に反射された船のライトが光って綺麗だ。

「……なんか、心地いいね。こんな場所があるなんて知らなかったよ」

「あんまり近くはないけど、穴場を探したんだ。」

「ふふっ、たしかにめっちゃ見つけにくい」

「でしょう」

「うん」

それからしばらくの沈黙が流れた。

数年に渡って一緒に時間を過ごしてきた二人は、何も気まずくなかった。

「今日は…ありがとう。なんか、いつもよりサプライズが多めで嬉しかったな」

「うん。記憶に残る日にして欲しくて。海の家での事は予想外だったけど。」

「でも、助けてくれた」

「俺がいれば、最初から声もかけられなかったし、怖い思いもしなかったでしょ?」

「そんなことないよ。ブチ切れた夏希もかっこいい」

あんまりいい感想ではないけど、これは本音。

よっぽどのことが無い限り、優しい夏希は滅多に怒らないから。

人をはっ倒すところを見られたのもひとつの幸福。

倒された人には悪いけど。

「なんで、今日はこんなにサプライズしてくれたの?」

「サプライズ、終わったと思ってるの?」

「え?うん……違うの?」

「……ははっ、まぁそりゃあ、わからないよね。」

笑った夏希は、急に変な提案をした。

「ねぇ、かくれんぼしない?」と。