食事を終えて少ししてから席を立つ。
この海は予約すれば、パラソル席が使用出来るらしい。
無料で使えるので、結構客がいる。
でも、土曜日なので幸い少し空いていた。
「今から予約できるのかな?」
「もうしたよ」
サラリと言ってしまったその言葉に思わず「えっ」と声が出る。
「行く場所決めてたし」
「流石です……」
番号は三番。
何列かある所の一列目だった。
「凛の出席番号三番だったから、三にした」
またサラリと言ってのけた夏希に絶句。
まさかそんなことまで考えてくれているだなんて。
「ありがとう」
「いえいえ。さ、荷物置こう」
三番と書かれたパラソルに札をかけて、ビーチチェアに荷物を置く。
日焼け止めを体に塗ってサンダルを脱いだ。
「砂あつっ!」
「先行ってていいよ」
「だめ!一緒に行く!」
腿上げしながら喋ると、夏希がしょうがないと言いたげに呆れた。
そのまま凛に近付いて、ヒョイと持ち上げられる。
「お、お姫様抱っこ!?」
少女漫画でありそうな展開。
でもさすがに重いのでは……
と思っていると、夏希は軽々と走って行き海へ飛び込んだ。
体が宙に浮いて塩水の中に入っていく。
「はぁ…!夏希!急にびっくり……」
叱ろうとすると、水からあがった夏希に見とれてしまう。
髪をかきあげながら「ん?」と首を傾げる仕草にやられてしまい、沖に流される。
「おわっ!ちょっと凛行かないで!」
「もう満足かも……」
「はやっ!」
突っ込まれるのが面白くてケラケラ笑う。
五年近く一緒にいるのに、毎日が幸せで仕方がない。
大好きだった人が、今隣で笑っている。
そんな奇跡が、凛には信じられなかった。
しばらく二人で遊び尽くした。
傍から見たら、兄妹か、友達か、幼馴染か。
それくらいはしゃいだ。
周りのカップルは大人しくてちょっと憧れたけど、「あんなの楽しくないでしょ」と夏希が言ってくれた。
休憩をしながら目一杯遊び、四時になった。
「四時間も遊んだのに物足りない」
シャワーを終えた夏希がタオルで髪を拭きながら言う。
近くにあった更衣室でシャワーと着替えを済ませた。
「てかなんでそんなにビショビショなの?」
夏希が凛の長いスカートを見て言った。
「それがさ、水着だと思ってたら私服で、間違えて濡らしかけたんだよね」
「濡らしかけたと言うより濡らしてる」
水着とスカートの色が一緒で、それを持ってきたことに後悔する。
まぁスカートなら風で乾くだろう。
「そのスカート二重なんだね」
「え?あぁ、うん、そうなの。透けてるんだ」
「……二重でよかった」
怒ったような照れたような、あとなぜな恥ずかしそうな顔をしている。
推しくらい尊い。
「では、凛お嬢様。三時のおやつならぬ、四時のおやつ、いかがです?」
執事のように手を差し伸べてくれた夏希の手を掴み、もう片方の手で夏希の髪をグシャグシャと掻き回す。
「夏希は執事じゃなくて王子様でしょ」
「自分のお嬢様は否定しないんだ」
「めっちゃ気分上がるから」
「ふはははっ」
夏希の笑い方は昔からちっとも変わらない。
どこか可愛げがある笑い方。
「じゃあ王子様、貴方の白い馬、ならぬ白い車で、四時のおやつに行きましょう」
「そうですね、では是非乗ってください」
「ふふふっ、失礼します」
ずっとふざけているのがまた楽しい。
特別扱いをしている訳では無く、根から楽しんでいるのが一番いい。
白い馬ならぬ、白い車に乗ってそのまま移動。
先程面倒くさくてやめたカフェに車で上る。
窓から坂を上って疲れ切っている人達が見える。
「さっき上んなくて正解だったね」
「なんか……大丈夫?この人」
夏希の方を覗くと、地面に突っ伏して倒れている人がいる。
窓を開けて声をかけようとすると、上から降りてきた人が「早くして」と引っ張っている。
「人目とか気にしないタイプだ」
結構人目を気にする夏希は引いている。
「でも俺は、凛といる時は人目気にした事ないけどね」
「なんで?」
「凛が綺麗すぎて、見た目悪いって思われるわけないから」
今日はいつもよりも積極的に言ってくる。
顔を赤くした凛を置いて、そのまま止まっていた車が発進した。
駐車場に車を停めてカフェに入る。
ザ・海って感じのカフェだった。
海に関連した曲が店内に流れ、壁には貝殻が飾ってある。
イルカが描かれたタペストリーがかけてあったりしてオシャレな場所だ。
周りを見渡すと、やはり歩いてきた人が多く、手で顔を仰ぐ人が多かった。
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
「二人」
「ありがとうございます。お好きな席へどうぞ」
店員はそれだけ言うと忙しそうに厨房へ入っていった。
窓際の席が丁度片づけられたので、そこに座ることにする。
全面スケルトンの壁は少し怖い。
でも海全体が見渡せていい景色だ。
「何食べる?夏のオススメとかあるよ!」
「んー…俺はこのかき氷。なんか色々乗ってる……」
目を輝かせてときめく夏希に優しく笑う。
「じゃあ凛は……フルーツパフェにしよーっと」
甘さ控えめの方を頼んで数分後、かき氷とパフェが同時にやってきた。
二人でペロリとたいらげた。
あまりにも美味しすぎたみたい。
お腹がいっぱいなのも気付かず食べたから苦しい。
夏希はかき氷で頭が痛くなった。
少し席で休んでから会計に行く。
「ありがとうございました」
最初に案内してくれた店員さんがレジに立った。
夏希は財布を平然とした顔でだす。
座っていた時に何度も「凛が払う」と言ったのに聞いてくれなかった。
ほんと、どこまで優しいんだろう。
「あの、おふたりは恋人ですか?」
突然の質問にびっくりする。
「え?あ、ま、まぁそうです……けど」
「あ、突然聞いてしまい申し訳ありません!実は今夏のイベントとしてこちらを配布していて……」
店員さんが棚から出したのは、水色で塗られたカード。
白い文字で『来る度におトク!』と書かれている。
貝殻と魚の絵が可愛い。
「恋人同士できて下さった方にはこちらをお配りしています。来月の九月まで有効のカードです。」
「これって……来る度に安くなるって感じですか?」
「そうです!次回は十パーセントオフ、その次は二十パーセントオフ……最終日に来てくれた方は商品が二つ無料になります」
すごいキャンペーンだ。
そんなことを考えていると、夏希が驚きの質問をする。
「あの、これって、恋人じゃなくなっても使えるんですか?」
「え?何言ってんの?」
思わず凛も声が出る。
「恋人ではなくなる…というのは?」
「…文字通りですけど」
「カードをお配りしたのはこちらですので、同じ方と来ていただければカードは有効になります。」
夏希の思わぬ言葉に、店員も困惑しながら答えた。
「そうですか、ありがとうございます」
夏希が小さくお辞儀をしてそのまま店を出ていく。
焦りながらも凛もお辞儀をし、そのまま出る。
「ちょっと夏希!さっきの質問……」
「次のところ行くよ」
「……次?」
「ちょっと寄る場所がある」
凛の言葉を遮ってまた車に乗ってしまった。
一体どうしたのだろう。