海に到着し、車を停めた。
夏希がドアを開けて手を出してくれる。
五年以上一緒なのに、未だにこんなことをしてくれるなんて紳士すぎる。
高校生で既にかっこよかったのに、今ではもっと垢抜けて紳士どころか白馬に乗った王子様。
手を掴んで車から出ると、絶景が広がっていた。
家から数時間かかったけれど、その分、いや、それ以上の景色だ。
こんなに透明感がある海なんて見た事ない。
「めっちゃ綺麗!やばい!」
「水着持ってきた?」
「もちろん!海眺めるだけとか、そんなオシャレな事してらんないよ!」
「はははっ!そうだね。でも先にお昼食べよう」
渋滞で思ったより時間がかかったので、時刻はもう十一時半。
目線の先には海の家。
その先を通り越して坂を上った所にカフェがある。
「カフェと海の家、どっちで食べる?」
「やっぱこういうとこ来たら、海の家でしょ!」
「坂上るの嫌だからでしょ?」
「まぁそれもある」
眺めはいいかもしれないし、普通のカップルならカフェに行くかもしれない。
でもこういう時は素直に言った方がいい。
部活もやっていなかった凛には不都合すぎる。
「正直疲れる」
「ほーらね」
苦笑しながら夏希は手を引っ張ってくれる。
昔よりも大人びたその手をじっと見つめながら歩く。
途中、見つめすぎて石に躓きそうになりながらも海の家に入った。
「何食べる?」
「俺は醤油ラーメン」
「おっ、奇遇だねぇ。凛もラーメンにしようと思ってたんだー!でも食べあいっこ出来るように私は味噌にするよ」
「いいの?」
「うん、元々二つで迷ってたし」
醤油ラーメンと味噌ラーメンの券を買い、店員に渡す。
空いてる席を探して札を置き、座った。
夏希は御手洗に行くといって席を立った。
携帯をいじるのも失礼な気がして、ぼーっと待っていると、水着姿の男の人達がこっちを見た。
目が合うと、笑いながら近付いてくる。
「こんにちはー」
「どうも……」
「お姉さんひとりですか?」
「あ、いや…別の人と来てます」
何回かナンパされたことはあるが、いつもは渚が追い払ってくれる。
今はひとりだから、あまり口が動かない。
「彼氏と来てるんです」と言いたくても、上手く喋れない。
腕を急に掴んできた男性が怖かった。
「えー。その人が帰ってくるまで話そーよ」
「そうそう。意外と楽しいかもよ」
ニヤニヤしながら体を触ってくる男を跳ね除ける。
「触らないで!」
大きい声を出したはずなのに、周りは気付かない。
ガヤガヤ騒がしくて、誰も凛に興味はない。
「なんだよ、いてぇな…っ」
腕を軽く叩いてしまっただけだ。
腕を強く握られて跡がついている凛よりはよっぽどいい。
「あ…っ…やめて…!」
なのに彼らは、凛を引っ張って席から離す。
「こっち来いよ」
なんで、嫌な顔をしているのに、誰も気付かないの?
なんで、三人に抑え付けられているのに、誰も気づかないの?
あの時みたいに助けて欲しい…っ
「夏希……!!!」
叫ぶと、一瞬にして前に居た男が消える。
魔法でも使ったのかと思いながら下を見ると、寝転がっていた。
その光景を唖然としながら見ていると、次々と左右にいた男達が「うわっ」と声をあげる。
周りを見れば、男はもうみんな倒れていた。
人はいなかったから人目についてはいない。
後ろを向くと、夏希が立っていた。
「う……うわぁああん…!」
泣きながら夏希に抱きつくと、怒ったような顔で見てきた。
「なにが……あったの」
「…ナンパ…されて……掴まれたから跳ね除けて…連れてかれて……うぅっ……」
怖くて仕方なかった。
怖さが溜まる中で、光が急に差し込んで安心した。
だから涙が出てくる。
「もう大丈夫」
「ごめんね…っ、泣きたくないのに」
「悪いのは凛じゃない」
あの時のように言ってくれた。
たまらない安心感で、涙がどんどん出てくる。
「だからもう、泣かないで」
無理して笑うと、その顔を見てふふっと笑う。
「無理はしなくていいよ」
「……夏希のばか」
「失礼ですね」
手を掴んで、立ち上がる。
夏希は涙を拭いてくれた。
昔と同じような光景。
でも、今は少し違う。
今はこうして手を繋いで笑い合えている。
夏希のおかげで、凛は何もかもが楽しくなっていった。
席へ戻ると、ラーメンを持ったままの店員がテーブルの前で立ち尽くしていた。
「あっ、すいません!ありがとうございます」
夏希が駆け足で店員に近寄り、ラーメンを受け取った。
凛も急いで席に戻り、お辞儀をする。
「大丈夫ですよ」と笑って、男性の店員は中へ入っていった。
「強そうなのに優しそうな人だね」
「駄目だよ、他の人ばっか見てたら」
「見てないよー」
冗談ぽく言ってきたけれど、夏希はちょっと嫉妬している。
可愛い……
そんなことを考えながらラーメンをすする。
「おいしー!夏希も食べなよ!」
「いただきます」
夏希もラーメンを一口食べて、嬉しそうにする。
そのあとお互いに食べ合いながら、ラーメンを完食した。