ある夏の日。
凛はとある白い家に来ていた。
ピンポーンと鳴るチャイムの音。
蝉の声に重なってあまり聞こえず、もう一回押してみた。
ドアがガチャりと開いて、めちゃくちゃオシャレなお姉さんが出てくる。
「はいはい、聞こえてるよ凛!」
苦笑いしながら笑ったその顔は、彼にそっくりだった。
「すいません、蝉の声で聞こえなくて」
「あぁ、そういうこと。待って、今着替えてるから」
手招きされて玄関へ入ると、丁度階段から降りてきた。
「ごめん!お待たせました」
見ると、モノクロの服を着た夏希がいた。
「全然いいよ、行こっか」
夏希のシャツの襟を直しながら言う。
それに合わせて夏希も顔を上げながら返事をする。
夏希の姉の後ろから、妹が覗いてきた。
「あっ!凛ちゃんだ!久しぶりー!」
「久しぶり夏莉ちゃん!」
姉は夏海、妹は夏莉、その間が夏希だ。
偶然にも、全員夏に生まれたらしい。
夏海は二十五歳で夏莉は十七歳。
「勉強捗ってるー?」
「全然捗ってない!彼氏作りは捗ってるよ!」
「ったく…。俺のきょうだいはなんでみんな馬鹿なんだよ」
夏希が呆れたように言った。
「馬鹿じゃないし!」
「夢がないだけですー」
夏莉と夏海が揃って反論している。
「ほらもう行くぞ」
凛の手を引っ張って夏希が出て行こうとする。
「あぁっ…!」
夏莉が悲しそうに嘆いていた。
「凛ー、夏希をよろしくねー!」
「はーい!」
「行かないで凛ちゃーん!」
「今度勉強教えに来るね!」
「いってらー」という夏海の声を背に、玄関を開けた。
姉妹っていいなぁと感じるこの時間が大好き。
あと、これからの時間も。
外に出ると、見慣れた庭にひまわりが咲いていた。
「ほんと、綺麗だね。この家のひまわり」
「母さんが大切にしてたから。母さんの代わりに俺が育ててるんだ」
「そうだったんだ!だから綺麗なんだね」
ニコッと笑えば、夏希も嬉しそうに笑った。
今はもう、二人とも二十二歳。
成人式をしたのはもう二年前のことだ。
仕事で忙しくて、久しぶりに会った渚はやっぱり垢抜けていた。
スタイルも良くなって化粧もして、まるでモデルさんみたい。
今日は夏希の誘いでデートに行くことになっている。
海へドライブだ。
高校を卒業してから許可を出して、夏希にはタメ口で話してもらっている。
その方が距離感も感じなくて済む。
凛の卒業式では、一年間離れるから夏希は泣いてたっけ。
あぁ、それと渚も。
まぁそれよりも凛は大号泣だったけれど。
ずっと、一人暮らしはせずに家族と暮らしている。
夏希は今姉と妹と三人暮らし。
父と母揃って、夏希が卒業したからと言って昔から頼まれていた仕事をしにアメリカへ行った。
自由気ままな二人から、よくしっかりした夏希が生まれたな、と失礼ながら思う。
色んなことを思い出しながら横を見れば、昔と変わらない夏希が運転をしている。
んー、やっぱり運転姿も様になるなんて、自慢の彼氏でしかない。
「ほんと、夏希ってモノクロが好きだよね」
「え、忘れたの?」
「何を?」
モノクロに関するエピソードなんて話したっけ。
「初めて凛に会った時、俺は浴衣黒だったでしょ」
「うん…」
「初めて二人で出かけた時、俺はモノクロだった。凛もモノクロだった。でしょ?」
「そうだったね」
なんだ、思い出が詰まっているからか。
そう言おうとしたけど、それだけじゃない気がした。
静かに口を閉じていると、夏希が続きを言った。
「俺は元々、黒の浴衣で、心の中も真っ黒で。でも、凛に会って少し、黒以外も着てみようって気になったんだ。」
「凛に会って?」
「なんか凛には心開けそうな気がしてさ。そしたら凛も白いワンピースでびっくりしたよ。」
ハンドルを回しながら笑う夏希に見とれてしまう。
「黒に純粋な白が足されて。カラフルの方がいいのかもしれない。でも……」
「でも…?」
「俺には、凛の白だけで十分だった。他の色なんて要らなかった。もちろん友達とか、色々いるけど……でも、俺の一番大切な人は、純粋な凛だけだから」
初めて言われたその言葉に、急に緊張してくる。
最近、色々なことに慣れたのに、また恥ずかしくなってきた。
「私そんなに白いかな…?」
「うん、表情めっちゃ豊かで純粋。純粋って言えば白でしょ」
「純粋かな……夏希といる時、変なこと考えてるかもよ?」
「変なこと?」
「言わせないでよ」
分かってるくせに。
年下のくせに、ずる賢い。
そんな意地悪なところも、大好き。
そっぽを向く凛に笑いながら、膝にある手に触れてくる。
少しビクッとすると、また笑った。
「初めて行ったの水族館だったよね」
「そうだね」
「凛、入った瞬間UFOキャッチャーやり出して」
「だって可愛かったじゃん!」
あのサメの人形は今でも持っている。
ちょっと汚れたけれど、物を長く使うことを大事にする凛の家に置いてあれば心配はない。
「今日も、水族館行こうとしてたんだ」
「そうだったの?でもなんで……」
「それは、あとのお楽しみ。」
また意地悪そうに笑う夏希を見る。
ギュッと手を握ると、夏希もまた握り返してくれた。