火曜の朝。

また下駄箱で男が話しかけてくる。

「おはよう凛ちゃんっ。放課後の予定、どうだったー?」

気安く名前で呼ばないで欲しい。

昨日までは綾瀬ちゃんだったくせに。

「ねぇ、聞いてる?」

ずっと後ろを向かないでいたから、顔を覗いてきた。

あまり言えないけれど、何人も女と遊んできたような顔をしている。

そういえば放課後の予定、何も確認していなかった。頭の隅にもなかった。

探せばあったかもしれないが、探す気が無いのだから仕方がない。

「あーごめん。空いてない」

昨日と違って冷たく返すと…

「えーまじ?じゃあいつ空いてる?土曜もダメなんでしょ?来週は?」

しつこく聞いてくる男に呆れて、もう我慢できなくなってしまった。

周りに沢山の人がいるけれど、気にせずに大声で言った。

「ねぇごめん、放課後言おうと思ってたんだけどさ。前から君のこと好きじゃないわ。」

「え?」

「悪いんだけど、別れてくれないかな。」

そう言うと、焦ったように目を泳がせながら「え?…でも、凛ちゃん!」と袖を掴んでくる。

思いっきりその腕を振り払って言う。

「触らないで!女の扱いもまともに出来ない奴が私なんかに関わるな。私が居ないと何も出来ないような口振りで喋るな。私に一切近寄るな。」

三ヶ条を伝えると、男は目を開いて「そんな…」と悲しんでいる。

そんな好きでいてくれたんだ、なんて思いもしない。

だって、どうせ沢山の中の一人の女に過ぎないんだから。

外見が好みだったのか声が好みだったのか、それか中身が好みだったのかは知らないが、ああいう人は人を本気で好きにならない。

───凛がそうだから。

こういう関係は、寂しさを紛らわす為の舞台に過ぎないのだ。

私も彼もおなじ。同じ何かを、同じ悲しさを持っている。

そんな奴らが集まったって、「私はこんなに寂しいんだよ」と主張するばかりで相手の寂しさなんて分かりっこないんだ。

「これからは、ただの先輩と後輩でお願いします。ね、先輩」

ピクリとも動かない先輩を他所に、笑顔を作らずに私はまた教室へ向かっていく。


         ♥


「見ちゃったよ。」

窓を見ていると、右側から話しかけられる。

朝からあんな思いをして不機嫌な凛は、「何が?」と少し強めに返す。

あまり人には当たりたくないが、主語のない言葉を勝手にかけられては困る。

「凛が彼を振ってるとこ。これで何回目なんだろうねぇ。全く、人使いが荒いというかなんというか。」

「それ使い方合ってる?」

「わかんない。とにかくそんなのどうでもいいから。放課後に言うって言ってたじゃない。なんであんなに大勢の前で…」

「だってもう我慢できなかった。」

大勢の前でなんて、何が悪いのだろう。

そりゃあ、彼の方は普通だったら恥ずかしいかもしれないが、何人も付き合ってる男が、何回も大勢の前で振ってる女に別れを告げられたって何も後悔など無いだろう。

「別に誰も損してないしいいじゃん。」

「いや少なくとも男は損してるよ?ほんとに凛は困った子だね。夏美ちゃんもよく耐えてるよ」

「余計なお世話です。お母さんには言ってないからいいの。」

そんな親戚のおばさんみたいなことを言われても。

あの後先輩は他の友達に背中をバシッと叩かれて笑われていた。

先輩の顔なんぞ見なかったから分からないが、どうせ「また振られたよー」とでも言っているのだろう。

また窓を見れば、ひまわりの花びらが一枚落ちていった。