「続いて、借り物競争を開始致します。」

アナウンスが再び始まり、男子生徒が前へ出てくる。

「行ってらっしゃい」と夏希を送り出して前を見ると、正面の赤軍にいる渚が見える。

手を振ろうとしたけれど、俯いていることに気付いて手を下ろした。

(そうだよね……)

いくら強がっても、一人の時には隠せない。

遥斗を好きだったことには変わりなかったんだ。

元気を出してほしいけれど、ここからでは何も出来ない。

しばらくして、見つめているだけの凛の目に映ったのは、渚を励ます古矢の姿。

借り物競争に行く途中、渚に声をかけたのだ。

何か言って古矢が笑うと、渚も少し微笑んだ。

そして手を振れば振り返している。

古矢に不思議な力があるのは、あながち間違っていないのかも。

渚もメガホンを持って応援を始めた。



「それでは第六レース。一年生八瀬 夏希」

名前が呼ばれ、顔を上げる。

「お願いします」と口が動き、お辞儀をした。

「以上十五名。それではスタートします」

カウントダウンの後、ピストルが鳴り始まった。

夏希はダントツで足が早く、一番に紙にたどり着いた。

十五枚の中選んだのは、一番端の紙。

開いた途端、顔が赤くなった。

そして真っ直ぐ向き直ったと思えば、凛と目が合った。

「へ?」

夏希は凛の元に走ってきたのだ。

「先輩。来てください」

「わ、私?いいけど…なんて書いてあったの?」

走りながら聞いても、夏希はふんわり笑うだけ。

なんだかその笑顔に十分満足してしまった。

そして一緒にゴール。

紙を読み上げる時間だ。

放送委員が近付いて紙を貰おうとすると、夏希が何かを耳打ちする。

どうやら放送委員は友達だったようで、笑いながら頷いて内容を発表した。

「八瀬 夏希さんの紙の内容は……」

もし嫌いな人の名前だったらどうしよう、と凛が焦っていても、放送委員は構わず発表。

「仲がいい先輩」

そう言われて、凛はほっとする。

けれど周りの皆は「凛よかったねー!」と言うばかり。

好きな人だったりしたらその言葉は受け取れるけど……

流石に先生が許さないだろう。

すると放送委員が夏希にマイクを近付けながら質問をしだした。

この競技には何故これを選んだか聞くルールまで含まれているらしい。

「あー…俺は部活とかやってないので仲良い先輩いなかったんですけど。凛先輩はフレンドリーでめっちゃ話しかけてくれるので、一番仲良い先輩だと思いました」

「なるほどっ!では綾瀬さんは?」

不意にマイクを向けられギョッとする。

「へっ?あ、えー……えーと、ですね…。夏希くんに仲良い先輩として選ばれたのはとても嬉しいです…ね」

オドオドしながら答えると、三年生の放送委員は「なるほどっ!」と返事をした。

そのまま他の人達にも質問をしていき、後半は雑だったけれど十五名全員終了した。

「では、第六レースでの一位は八瀬 夏希さんでした!」

全員がお辞儀をして、それぞれ応援席にそのまま戻っていく。

「はーびっくりした。まさか選ばれるなんてね」

あははっ、と笑っていても夏希は……

「ねぇ暑い?顔赤いけど……熱中症とか?」

「え…あ、いえ……」

少し悩むように俯いて、「あの」と改まった。

第七レースが始まろうとしている中、応援席に向かいながら夏希の言葉を待つ。

「体育祭、終わったら……ちょっと、待っていて欲しいです」

「え?一緒に帰るってこと?」

「あ、まぁ……ちょっと話があって。」

「話?」

「はい。……出来れば二人で」

真剣な眼差しとその言葉にドキッとする。

話とはなんだろう。

もしかして縁を切るとか?

こんなに真剣な顔をしていたら、辛い決断をしたのかもしれない。

「あっ、あの!人生の相談とかされても…答えられないからね!?聞くには聞くけど……」

「え?ふはっ、しないですよ」

吹き出した夏希を見て、少し、ほんの少しだけ安心した。

応援席に着いてから、何事も無かったかのように席に座る。

借り物競争はあと一レース。

それが終われば、選抜リレーや綱引き。

午後の部はそんなに競技は入っていないから、後はこの二つを入れて四つ程。

そしたら、夏希からの話が待っている。

何を言われるのか、緊張してままならなかった。