「これから五十分間、お昼休憩をとります。各自昼食にし、体を整えてください。一時から午後の部が始まります」

ブチッと切れたマイクの音と同時に、全員がお弁当を取り出す。

家族と食べる子がいれば、友達と食べる子も。

もちろん凛は……

「夏希!たーべよっ」

「あぁ、凛先輩。尊もいるんですけど……大丈夫ですか?」

「OK!全然大丈夫だよー。凛もなぎ呼んでくる!」

夏希と頭を下げる尊を置いて、渚を探しに行く。

丁度赤軍の方でお弁当を準備していた。

「なぎー!一緒に食べない?夏希と、古矢くんも!」

「古矢?」

「あ、夏希の友達だよ」

「あぁ……うん、いいよ」

渚になにか異変を感じる。

いつもはもっと明るいのに、どうしたのだろうか。

渚を引っ張りながら「どうかした?」と聞く。

「何が?」

「いや……なんか元気ないし」

「んー…どうもないけど」

「あ、遥斗くんと食べる約束してた?ならごめん!」

手を合わせて謝ると、渚はもっと落ち込んだように「あの…ね」と話し始めた。

「さっき、遥斗に一緒に食べようって誘ったんだけど…」

「断られたの?」

「うん…『他の子と食べる約束がある』って言われた。普通彼女が先じゃないのかなって思ったけどね。友達?って聞いたら『まぁ…そう』って言われて……そのまま見えないところ行っちゃったの」

「え?それって……」

「でも!そんなに悪くは考えたくないから…とりあえず、食べて元気だそっかな」

苦笑した渚の顔を見て、少し苦しくなる。

せっかくの体育祭なのに、親友が悲しんでいたら楽しめやしない。

夏希の元に着いたら、渚に元気を出してもらおうと沢山話題を出すことにした。

「お待たせ!なぎ、こちらが古矢くん」

「あ……初めまして」

「初めまして!仲良くしてください」

古矢が元気に言えば、凛もあまり必要が無くなったように渚も少し笑顔になった。

古矢は不思議なほど人を元気にする力があるらしい。

夏希と話しているうちに少し横を見れば、元の渚に戻っていた。

「あはははっ!それまじ!?やばいね尊くん!」

「黒歴史っすよね!渚先輩も笑ってられないですけどね?」

「うわそれ言っちゃダメなやつ!凛にしか言ってないんだから」

声を上げて笑っている二人を見て、凛も思わず表情が和む。

いつの間にか名前で呼んでいるし。

凛にしか言っていない事を古矢に言っているなんて、よほど仲が良くなったのだろう。

渚を取られた気がして少し嫉妬してしまう。

「次は、借り物競争ですよね」

「え?あぁ、そう言えばそうだね」

常に持っているプログラムを開いて確認する。

「あれ?でも男子だけみたい」

「全校生徒やったら長くなるからっておさ兄が。」

「ふはっ、何それ。先生も面倒くさくなってるじゃん」

「おさ兄はいつもです」

ふと歩いてくる足音が聞こえて振り返る。

まさか、と思っていたら、予想的中。

結愛が来た。

「篠原さん…」

「結愛。」

「二人ともやっほー!体育祭おつかれさま!あれ?そちらの二人は?」

「俺の親友の古矢 尊と、凛先輩の親友の遥風 渚先輩」

呼ばれた順に二人がお辞儀をする。

もう友達に戻ったと夏希は言っていたし、二人ともぎこちなさはもうない。

凛もかつてのライバルとして、結愛とは仲良くしたいと思っていた。

「そうですか!初めましてー!昔夏希に思いを寄せられていた篠原 結愛です!」

「ちょっと変な事言うなよ」

「へへっ」

にしても、まだ嫉妬は無くならない。

結愛の言葉に古矢も渚も唖然としている。

「是非結愛って呼んでくださいねー!あ、綾瀬さんもですよ?」

「え?私?」

「さっき篠原さんって呼んでたじゃないですか!距離感じてるんでしょ」

「そっ、そんなこと!」

「ふふふっ、結愛、ですよ?」

「わかったよ、結愛ちゃん」

嬉しそうに頷いた可愛らしい結愛に、憧れを持ってしまう。

結愛のおかげで一段と話が盛り上がったところで、友達に呼ばれて行ってしまった。

どうやら、終わるまでいてくれるらしい。

皆が「結愛ちゃんいい子だね」と呟いている。

凛も頷かずにはいられなかった。

結愛は本当に素敵な子だ。

一緒にいて楽しいし、ずっと友達でいたいと思う。

夏希が好きになったのもおかしくは無いな、とつくづく感じる。

「あのー」

結愛と入れ替わりにやって来たのは…

「遥斗?」

渚が思わず立ち上がって名前を呼んだ。

遥斗は空のお弁当箱をカラカラと音を鳴らせながらやってきた。

彼女を置いてきぼりにした罪悪感は全くないらしい。

「なぎに用があるんですけど、貰っていいすか」

ふと、数ヶ月前に言った夏希の言葉を思い出す。

『女の子を貰うなんて言う奴と綾瀬さん一緒に帰りたくないと思います。モノじゃないんですから馬鹿にしないでください』

あの時の言葉はまさに今にも言えるだろう。

だがあいにく夏希は気付いていない。

優しすぎてゴミ拾いをしだしたから。

凛は立ち上がって渚の前に出る。

「悪いんだけど、渚はモノじゃないの」

その言葉に夏希と古矢が振り返った。

夏希も自分の言葉を覚えていたようで、「あ…」と呟いた。

「貰うとか言わないで。せめて借りるとか、話してもいいかとか聞くでしょう?」

「何キミ?」

「誰でもいいでしょ。いいからなぎに謝ってよ」

「いや俺、なぎの彼氏だし」

「だから何?彼氏だからって彼女をモノ扱いするの?イカれてんだねあんた」

渚も止めないということは、遥斗の謝罪を聞きたかったのだろう。

凛は嫌な予感がして仕方なかった。

でも、それは渚も同じだと思う。

だから止めない。

結果的に悪い結果なら、言ったって構わないだろう。

凛の言葉にキレたのか、遥斗も怒り出した。

初めて見た時の顔からは絶対想像もできなかった形相で迫ってくる。

「お前なんなんだよさっきから!ゴチャゴチャうるせぇな!貰うって言っただけだろ!?」

「私は謝れって言ったの。文句を言えなんて言ってない。」

「だからなんで俺が謝んの!?……あ、お前よく見たら祭りの時の女じゃねぇか。うーわ、ははっ!化粧ってすげぇんだな。前と全然……」

そこまで言いかけて、遥斗の口は止まった。

後ろから夏希が来て、凛の前に立ちはだかったからだ。

ゆっくり古矢も立ち上がって、渚の前に出た。

「惨め」

夏希がそう言うと、古矢も鼻で笑った。

「後輩に言われてやんの。ふはははっ、先輩、あんまり出しゃばらない方がいいですよー」

アニメに出てきそうな強い二人組。

渚も凛も、釘付けだった。

「知ってますー?この夏希ってヤツ、二個上の他校の先輩飛ばしたらしいですよー。貴方小柄だから一瞬で潰れるんじゃない?」

古矢が夏希の肩に手を置くと、遥斗が顔を強ばらせる。

「だ…だからなんだよ…っ。それ言ったら退部とかなるぞっ!」

「俺部活入ってないし。先生も知ってるし。反省文書いたし。凛先輩守ったって言ったら成績に支障は出なくなったし。」

「くっ……な、なんだよお前ら。俺は、なぎに用があったんだぞ」

そう言われ、渚が古矢を抑えて前へ出た。

「なに?ここで言いなよ」

「…別にここでいいなら言うけど。別れよう」

一瞬で切り捨てた遥斗に、ここにいる全員が腹を立てた。

けれど、全員が渚の言葉を待った。

涙を堪えているのは後ろからでもわかった。

肩が震えていた。

遥斗を殴りたくなった。

でもまずは、本人の話を聞かなければいけない。

「なんで?さっきお弁当食べてた子と付き合うの?」

「うーんまぁ告白されて。可愛いし付き合うことにした。今別れれば浮気にはならなそうだし」

「一ヶ月しか経ってないけど。」

「何が?……あぁ、付き合って?知らないよそんなの、数えてないし。」

「……最低だね。」

「お前だって人に急に謝れとか言う最低な奴らとつるんでるじゃん。」

その言葉に、渚の震えはピタリと止まった。

周りの人を一番に考えてくれる渚は、今一番腹を立てた。

渚は殴ろうとした。

周りに人はいなかったし、腕を振り上げた。

そのまま下ろそうとした時、古矢が止めた。

「…なんで、止めるの?いいじゃない…一回くらい……」

「先に暴力をした方が負けです。こんな奴、殴る価値すらないですよ。このまま色んな人に失望されればいい。それに、今殴ったら部活が危ういですよ。」

そのまま渚は腕を振り下ろした。

そして四人が、鼻で笑った。

「な…んだよ。お前ら…俺……」

「さっき言いましたよね。それが、惨めってやつです」

夏希がニコッと笑ってから、「さ、行きましょ」とみんなの背中を押していく。

少し後ろを見れば、遥斗は落胆していた。

その場に女の子がやってきて、遥斗に何かを尋ねている。

「付き合ってたの…?最低…っ!」

そう言う声が聞こえて、そのまま女の子も走って逃げて行った。

自業自得だ。

渚と顔を合わせて笑った。

午後の部がもう少しで始まろうとしている。