あっという間に日が過ぎて、運動会の日がやってきた。

行事で詰まった二学期は、ほとんど記憶が飛んでいるような気がする。

白いハチマキを持った凛は教室から出ていく。

朝からバタバタ動いている先生達は、前日に告げた事を行う生徒を他所に、顔を見せていない。

前日からレジャー椅子を配置していたので、頭にハチマキを巻きながら席を探す。

それから見つけたものの、夏希と隣にした事を忘れていた。

「お、おはよっ」

「あ、凛先輩、おはようございます」

ふわっと笑った夏希の髪がなびくと、白いハチマキがヒラヒラと見える。

白軍でよかったとつくづく感じるほど、白がよく似合っていた。

そう言えば、初めて二人で出かけた時もモノクロで白が多かったと思い出す。

ハチマキで爽やかに見える夏希を見つめていれば、いつもよりも夏希が固いことに気づく。

「夏希、緊張してる?」

「え?そんなことは…あ、まぁ…ははっ、そうですね」

とにかく焦っている夏希に「マジか!まぁ頑張ろ!」と励ます。

途端、アナウンスが始まり、運動会開始を告げた。

色々な話が終わり、ラジオ体操まで終了。

遂に、次は応援団となった。

「応援団の皆さんは更衣室で着替えてください。他の生徒は応援席で着席していてください」

エコーのかかった放送委員の声に、全員が従う。

放送委員はきっと快感なんだろう。

皆の姿を見てニコニコしている。

「行ってきますね」

夏希は服が入ったバックを持って立ち上がる。

見送ってから、凛も夏希に渡す白い旗を取りに行くことにする。

同じ準備係の一年生が来たところで、白と赤の旗を準備する。

更衣室からゾロゾロと学ランを着た応援団が出てきたところで、一年生と歩き始めた。

初めて見る夏希の学ランの姿に一瞬目が離せなくなる。

横にいた一年生に「先輩」と呼ばれたから、目を離すことがやっとできた。

「応援団並んだので行きましょう」

「あ、そうだね!」

好きな人に見とれて、年下に指示を出されるなんて情けない……。

肩を落としながらも旗を運び、夏希に近付くにつれて肩が上がっていく。

白い軍手をはめている夏希の元に寄り、白い旗を渡す。

「あの…応援団、頑張ってねっ…!この旗…結構重いから、大変だけど……」

途切れ途切れになってしまう凛の言葉に、夏希は優しく何度も頷いてくれる。

「練習したので大丈夫ですよ、ありがとうございます。頑張りますね」

夏希も何故か嬉しそうに話してくれる。

「うん、じゃあね」と告げて去ろうとするけど、なにか物足りなかった。

どうしても伝えたい事がある、という訳でもない。

時間がもうないのも分かっていた。

でも、振り返って姿勢を改める。

夏希は驚いたように首を傾げていた。

その可愛い仕草にも負けず、凛は声を振り絞った。

「そっ……その…が、学ラン似合ってる…っ」

聞こえるか分からない小さすぎる声。

これでは言った意味が無いだろう。

けれど、思ったことを伝えるのは別に悪いことでは無い。

まだ首を傾げている夏希に「あ、やっぱ何も……」と誤魔化していると、夏希は旗を他の友人に預けて寄ってくる。

「どうしました?」

「や…その……」

もう時間が無い。

応援団で準備出来ていないのは数人だけで、皆後は軍手をはめるだけだ。

「その学ラン…似合ってるよ」

さっきよりも少し大きな声で言うと、夏希は顔を真っ赤にした。

照れて……いるのだろうか。

なんだか、くすぐったくて、面白くて……

「ハチマキも、よく似合ってる。かっこいいよ」

伝えたかったことは言えた。

夏希は何故か何かを決心したように頷いた。

そして「嬉しいです、ありがとう」と口にした。

凛は余韻に浸りながら応援席に戻って行った。

少し振り返れば、夏希はキリッとした顔で旗を腕に挟み、軍手を口でくわえて引っ張っていた。

まるで……まるで、漫画に出てくるような、目に焼き付くシーン。

凛は心臓が苦しくなるくらい、夏希に見とれていた。

もうどうにも出来ないくらい、夏希が大好きで、愛らしくてたまらなかった。



やがて応援団が入場した。

団長やそれぞれの軍の副団長の前で、彼らを支えるように夏希が旗を持ってゆっくりと歩いている。

顔がいい人達が揃ったこの高校の運動会には、毎年他校の女子達が来る。

特に応援団が目当てだ。

もちろん、鈴蘭女子学園もやってくる。

男と関わりがないなら当然来るはずだ。

あの結愛も────

「白軍のー!健闘を祈ってっ!応援団からーエールを送る!」

団長の声を軸に、応援団が振り向いた。

旗をバサッと振りながら、夏希が切れ良くこちらを向く。

一瞬だけウィンクをされたのは気のせいだろうか。

いや、気のせいだとしても、凛はもうとっくにやられていた。

夏希のことを好きだと知っている友達は前後左右にいる為、皆から「凛、起きろー」と言われる。

「ふはっ夢心地なってるよー」

「はぁー……かっこよ」

凛が夢の中で浮いている間にも、応援団は去っていった。

女子達の歓声が冷めやらぬ中、徒競走が始まった。