山の中に到着し、バスは停車。

ゾロゾロと生徒が降りていき、他のバスからも他の班が出てくるのが見える。

立ち上がり、「どうぞ」と凛達を通し、夏希は自分のリュックを持った。

降りた瞬間、鳥のさえずりが聞こえて上を見れば、空は雲ひとつない快晴。

東京では味わえない美味しい空気にみんな釘付けだった。

その中でもやはり、夏樹の目に入るのは金髪を高く結んだ凛だった。

名前で呼び合うようになってからお互いとても緊張している。

凛は見え見えだけれど、夏希はポーカーフェイスを突き通している。

「凛……先輩、」

「え、あ、はいっ!」

固くなった凛に無意識に笑いながら、「係ごと集まるらしいので、行きましょう」と声をかける。

「そ、そだね。」

二人で肩を並べて歩く。

周りの目やら以前に自分達が顔を真っ赤にしている。

これは…なんなんだろう。

別に好きじゃないのに、なんで恥ずかしくなるのだろう。

(な、名前で呼んでるからか)

今まで先輩を名前で呼んだことなんて無かったから、そのせいかもしれない。

そうだ、そのせいだ。

凛の視線を忘れて一人で頷いていると、先生が「食事係はこっちー」と呼ぶ。

全員が集まってから指示が出される。

食事係の担当教員は、夏希のクラスの副担任である城田 治 (しろた おさむ)先生。

年齢が若く親近感が湧くので、みんなから『おさ先生』と呼ばれている。

「食事係は俺担当ねーよろしくー。早速だけど今からお昼で元々弁当の予定だったのね。でもまぁせっかくだからということで作ります」

おさ先生が言うと、全員が声を揃えて「えー!なんでですか!」と声を上げた。

すると急に先生は声を小さくして手招きする。

全員が近付いてから身をかがめて口を開いた。

「俺だってね、ほんとはやりたくないの。けど他の先生勝手に決めるんだもん、面倒臭いけどしょーがないの」

先生が体を起こすと皆も釣られて起き上がる。

おさ先生は肩を竦めて「俺しーらね、さ、仕事だ仕事!分担は……」と勝手に決めていく。

昼はお決まりのカレーを食べるらしく、夜はカレーと変わって急遽シチューとなった。

班ごとで行動するから、凛と夏希はふたりきりだ。

他の班よりも人数が少ないので、二人なのはこの班だけで、他は三人か四人だ。

「凛、野菜切るね」

「じゃあ俺火つけます」

木を擦りながら、話をしていく。

ちらりと横見ると、凛が恐る恐る包丁を持っている。

嫌な予感がしているが、そーっと見守ることにすると…

ゴンッ

「え、なに、してるんですか!?」

凛は目をつぶって包丁をまな板に振りかざした。

危なすぎる行為に頭を抱えてしまう。

「あ、ごめ…っ!凛料理しなくて……中学の頃の家庭科も、なにもさせて貰えなかったから」

どこでもハブられていたのだと思うと、その顔がどんどん悲しそうに見える。

「い、いいですか?左手は猫の手です。」

「猫!?」

凛は手を猫のポーズにして「にゃ、にゃーん…」と恥ずかしそうにする。

その姿があまりにも、面白くて、可愛くて吹き出してしまった。

「はははっ!違いますよ、こうやって…」

凛の猫の手をそのまま玉ねぎの上に乗せ、包丁を持った右手を一緒に動かす。

「そんなに上から振りかざしたら危ないです。あと玉ねぎは涙が出てくるので気をつけてください」

「うわ、ほんとだ目痛い…」

「そうでしょう。そしたら左手をスライドさせて……………!?」

突然無意識に体全体が触れて、更には手を握っていたことに気づき、バッと身を離す。

「す、すいません!」

「あ…ううんっ、大丈夫!ありがとう…」

凛も飲み込みが早く、どんどん他の野菜を切っていく。

火がつき、米を混ぜているとおさ先生がやってきた。

「三班はどーかなー?…ここ二人だから大変だね、」

「そーなんですよ、城田先生は見回りですか?」

「んー、正直言うと暇つぶし。後、城田先生って違和感……みんなと同じ呼び方でいいよ」

「了解です、おさ先生!」

凛が返事を返すと、急に先生は夏希に耳打ちしてくる。

「さっき見ちゃったよー、夏希って案外、積極的?」

「へ?……ちっ、違っ!あれは無意識!」

「へー。」

おさ先生は体を起こしてニヤニヤと笑う。

「まっ、ここには鈴学も来てるらしーから気を付けろよー」

「えっ…?」

顔を上げると、手をヒラヒラ振って去っていく。

「鈴学って…鈴蘭女子学園のこと?」

「…そうです、」

鈴蘭女子学園は、頭もそこそこいい人達が集まる女子校。

「気をつけてってなに?」

ただの女子校だけならいいが…

「鈴学…には、結愛が…いるんです。」

「結愛って……あの、初恋の…!?」

「はい…」

実は治は、昔からお世話になっている親戚のお兄さん。

だからあまり敬語も使えない。

夏希が結愛を好きだったことも、唯一相談した相手だ。

夏希はみんなとは違って『おさ兄』と呼ぶ。

結愛と連絡はとっていないが、おさ兄から色々聞くことはある。

他校の生徒もいるということは聞いていたが、まさか結愛のいる高校だったとは…

「会いたい…の?」

「え?」

振り返ると、凛は悲しそうに立っていた。

二人とも作業する手が止まり、沈黙の時間が続く。

「それは…会いたい…ですけど。でも……」

いや、この際はしっかり会いたいと言った方がいいのだろう。

凛がこんなにも悲しそうな顔をしているのは見たことがなかった。

「…はい、会いたいです、」

俯いていた凛は顔を上げ、もっと悲しそうな顔をした。

「今、どんな風になっているのかを見たいです。それで、今の俺の気持ちを伝えたいです」

「今の…気持ちか、」

「はい、俺は違う人を好きになったから忘れて欲しいとね」

その言葉に、凛は目を見開いた。

まだ凛が本当に好きなのかはわからない。

けれど、これからもっと、好意を抱いていくんだろうな、とすぐにわかった。

「…この前言ってた子だね、その子と…上手くいくといいね。」

なんでそんな悲しそうな顔をするんだ。

なんで、笑って誤魔化そうとするんだよ。

凛の気持ちが、夏希にはわからなかった。